北海道阿寒郡鶴居村

産業編集センター 出版部
2025/04/15 ~ 2025/05/15
北海道阿寒郡鶴居村
<p style=”background-color: #dcdcdc; width: 800px; padding: 20px;”><strong><big>【旅ブックスONLINE 写真紀行】</big></strong>
産業編集センター出版部が刊行する写真紀行各シリーズの取材で訪れた、全国津々浦々の風景を紹介しています。
書籍では掲載していない写真も地域ごとに多数掲載。
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<strong>釧路湿原に抱かれたタンチョウの里</strong>
北海道東部、釧路市街から車で約40分のところに広がる釧路湿原。広さ2万5000ヘクタール以上ある日本最大級の湿原である。約3000年前にできたといわれており、戦前から自然保護区域として守られ、今も手つかずの自然がそのまま残っている。湿地の生態系を守るべく制定されたラムサール条約に1980年に登録されるなど、未来に残すべき場所として保護されている。 そんな釧路湿原に囲まれた小さな村が鶴居村である。大正時代に入植者が開拓した村で、古くからタンチョウの里として知られていた。村名の由来もタンチョウで、昭和12年に舌辛村《したからむら》(現阿寒町)から分村する際に、タンチョウが多く生息することから、鶴が居る村、鶴居村と称するようになった。
タンチョウは、アイヌの人々からはサルルンカムイ(湿原の神様)と呼ばれ敬われていたが、明治末期に絶滅してしまったと思われていた。ところが、大正13年に釧路湿原に20数羽生息しているのが確認される。そこから地元の人々の保護が始まり、地道な活動によってタンチョウの数も徐々に増え、昭和10年には国の特別天然記念物に指定されるほどになった。ある意味、鶴居村の歴史はタンチョウの保護の歴史といってもいいかもしれない。毎年11月下旬になれば、村の給餌場などで飛来してきたタンチョウを見ることができる。多い時で200羽ほどのタンチョウがやってくる。 鶴居村を訪ねたらぜひ足を運んでほしいのが、鶴見台という給餌場と、雪裡川《せつりかわ》にかかる音羽橋のあたりである。タンチョウが餌を食む姿や川の中で夜を過ごす幻想的な姿を見ることができるだろう。 そして、タンチョウの姿を楽しんだあとは、ぜひとも釧路湿原の雄大な自然に触れてほしい。鶴居村の|温根内《おんねない》というところにビジターセンターがあり、そこに湿原内に入ることができる全長3キロほどの木道があるのだ。 実際に歩いてみる。すぐに左手にハンノキ林が見えてきた。少し歩を進めるとヨシ・スゲが群生する湿地帯が広がった。現代的な建物や構造物がいっさい目に入らない。そのまま緑に覆われた木道を歩き続けていると、はるか昔の北海道の原野を歩いているような気になってくる。 タンチョウと釧路湿原。北海道でしか見ることのできない風景を守り伝えていくことが、鶴居村のこれからも変わらぬ役割なのかもしれない。
※『ふるさと再発見の旅 北海道』産業編集センター/編 より抜粋







