佐藤圭司「黒砂」

佐藤 圭司
2023/07/03 ~ 2023/07/16
RED Photo Gallery
【 黒 砂 】
僕が子供の頃過ごした町は海岸からほど近い場所にあった。
家の近くには私鉄ローカル線の駅があり、その駅は過去に5回改称されている。最初の名前は浜海岸、二番目が帝大工学部前、三番目が工学部前、そして僕が子供の頃の名前は「黒砂」だった。今は5番目の名前になっている。
最初の駅の名前「浜海岸」から想像できると思うが、海がとても近かった。実際、家から3~4分で海岸に降りることができた。潮が引くと黒い砂浜が沖まで続く遠浅海岸だった。
海岸へ降り砂浜をザクっと掘れば、すぐにあさりがバケツ一杯採れた。採ったあさりは剥き身にしてネコの餌になった。貝殻は庭にまき、鶏が突いた。その鶏が産んだ卵で卵掛けご飯を食べた。
時代は変わり海岸の埋立てが進み、海は遥か遠くになった。生活とともにあった海はいつしか名実ともになくなり「黒砂」の名前も付近の町名との整合性とるため改称された。
しかし僕の中では「黒砂」という名称は単なる駅の名ではなく、子供の頃を象徴する一つのアイコンとして存在している。小さな冒険の旅は「黒砂」から始まり、家に帰るときは「黒砂」へ戻る。子供の頃見聞きしたものはすべて「黒砂」へ繋がっていた。
「黒砂」駅のすぐ近くには実家があり、両親が住んでいた。その両親も高齢になり自身での生活が困難なため、数年前の夏に施設へ入った。僕は玄関先で2人のポートレートを撮り、2人を車に乗せた。「実家」は「実家があった場所」に変わった。 その後母は鬼籍に入り、その翌年父は100歳になった。
子供の頃の小さな冒険の旅は大人になった今、ミラーレスのカメラをぶら下げての旅に変わったが、どこかの海岸まで足を延ばすと「黒砂」の記憶がフラッシュバックする。そこは明らかに「黒砂」ではないのだが、懐かしい思いがこみ上げてくる。僕の「黒砂」への旅は不意に訪れる時空のずれとの出会いなのかもしれない。
■開催情報
佐藤圭司「黒砂」
会期:7月3日(月)〜7月16日(日)
会場:RED Photo Gallery
詳細は、公式サイトの掲載ページをご覧ください。