写真展

KIPUKA—Island in My Mind

岩根 愛

2018.11.24(sat) ~ 12.22(sat)

KANA KAWANISHI PHOTOGRAPHYは、写真集『KIPUKA』(青幻舎)の刊行を記念し、2018年11月24日(土)より岩根 愛 個展『KIPUKA—Island in My Mind』を開催いたします。

撮影地は、ハワイと福島。一見結びつきの見当たらないこの二つの地は、「BON DANCE(ボンダンス)」をきっかけに深い繋がりが見出されます。真夏の三ヶ月間に、日本の盆踊りと比較にならない独自の熱量を持って踊られつづける現地のBON DANCE(ボンダンス)は、福島県浜通り一帯に伝わる『相馬盆唄』が原曲として伝わったものであり、岩根は2006年からハワイ、2011年から福島と、二つの舞台で12年間に渡り撮影を続けてきました。

二つの地を巡る壮大な時間軸のなかでも、本展は、回転する大判パノラマフィルムカメラ「コダック・サーカット」を用いて撮影された作品群を中心に構成いたします。1904年に発明され、現在では世界で4〜5台のみが現役として撮影に使用されていると言われるこのカメラは、ハワイ日系移民たちが故人を弔う際に溢れんばかりの親族たちの集合写真を記録するために用いられてきたものであり、岩根は、大きな三脚と蛇腹との一体式で360度に廻転するこのパノラマフィルムカメラを用いて、ハワイと福島の両地を撮影してきました。

広大なサトウキビ畑と共に栄え、二世、三世へと世代が継がれるなかで、様相を変えていくハワイ日系移民たちを取り巻く風景や、火山噴火による溶岩の姿。避難区域に指定され、故郷を追われながらも力強く淡々と生活をつづける、福島の人々や景色。様々な縁を引き寄せられながら、大自然と人間の営みになかで失われゆくものと新たに生まれるものを、12年間に渡る壮大なフィールドワークを通して、岩根は作品世界として結実させました。

本展は、初の作品集として刊行される『KIPUKA』(青幻舎)、ニコンサロン銀座・ニコンサロン大阪個展『KIPUKA』、馬喰町KANZAN GALLERY個展『FUKUSHIMA ONDO』、そして岩根が企画兼アソシエイトプロデューサーとして参加した中江裕司監督映画『盆唄』(2019年春公開予定)とも連動しています。各々にて展開される物語と共に、KANA KAWANISHI PHOTOGRAPHYにて開催される渾身の展示『KIPUKA—Island in My Mind』を、是非ともお見逃しなくご高覧くださいますようお願い申し上げます。


「KIPUKA—Island in My Mind」​に寄せて


1990年代の半ばに写真家として出発したころの岩根は、まぎれもない私写真を撮っていた。恋人や家族や自分に向かう生々しい視線。ほの見える透徹したメランコリー。人が生きることの剥き出しの悲しさ。そこには彼女が生きてきたタフな日々やルーツがあった。眠らない街の住人でもあった。才気と欲望と友愛とアルコールがないまぜになった場所で彼女はずっとオルタナティヴだった。さまざまな人をつなぎ、場をつくる人であり、活動は写真家の枠におさまらなかった。

2010年代以降は、フィリピンや台湾の特殊なコミュニティーを追った作品をブリッジにし、やがてハワイの日系移民と福島を撮ることがライフワークともいえるテーマになった。東京生まれの岩根にとって、どの地域も人びととも直接のつながりを持たない。しかしそれぞれに共通しているのは、自身の奥底で揺れ動く生の波動のようなものである。

​フクシマオンドのディープなグルーヴが太平洋を越えて福島と往復し、岩根の血管に流れ込む。岩根が撮るリアルなコミュニティーは、地図や血縁を越えてオルタナティヴな家族として拡大していく。

​——池谷修——



『KIPUKA—Island in My Mind』
ステートメント

「KIPUKA」


 福島からハワイへ渡った移民が伝えた盆唄『フクシマオンド』を探り、ハワイと福島への旅を重ねるうち、盆唄の太鼓奏者を通じた縁で、三春町を福島の拠点にするようになった。三春町の盆や祭りの豊かな郷土文化を体験することは、避難者たちが失ったものを知ることでもあった。

 1930年代にマウイ島の写真館で使われていたパノラマカメラ「コダック・サーカット」のゼンマイが、2013年、三春町の時計店の職人、大内春幸氏の手で修復され、カメラが再び動きだし、  私は、『フクシマオンド』の故郷である浜通り地区の撮影を始めた。

 長さ2メートルのフィルムを用いて360度回転するサーカットの撮影は、フレーミングという行為がない。彼らの日々の営みがあった、毎日目にしていたものを、つぶさに円につないだ。

 帰還困難区域で倒れたまま放置された墓地は、ハワイの一世たちの墓地を思い起こさせた。日系社会の礎を築いた一世たちが、薮の中に、 あるいは溶岩に飲み込まれ、潮に流されるまま、砂浜に放置されている。

 2014年、私はサーカットをハワイに持ち帰った。以降、日系人が移民した6つの島—カウアイ島、オアフ島、マウイ島、ラナイ島、モロカイ島、ハワイ島を巡り、忘れられた一世たちの墓地を探して撮影した。

 キプカ、とは、溶岩流の焼け跡の植物、再生の源となる「新しい命の場所」を意味するハワイ語である。この言葉をずっと頼りに、私はハワイと福島への旅を続けた。

 日系移民が築いたサトウキビ畑の町はあとかたもなく消え、福島第一原発付近から住人が消えた。2018年、二十年ぶりに発生した大規模な溶岩流は700世帯を呑み込み、ハワイ島の地図はまた塗り替えられた。

 ときに風景は瞬時に消失する。しかし生き残った私たちの命の種子は、ふるさとを離れても再び広がり、黒い大地を森にする。


「Island in My Mind」


 アフリカから始まった人類拡散の歴史の最後に、タヒチからハワイへ初めて人類が上陸し、ハワイアンの先祖となった。ハワイ、タヒチを含む、ポリネシア、ミクロネシア、メラネシアは、広い南太平洋に分散した島々であるのに、文化や言語に共通点があり、古来より交流があったとされている。星をコンパスに方角を見る、スターナビゲーションと言われる航海法と、海のうねりを読み、風の動力だけで動く、カヌーでの行き来があったのだ。

 1778年、ハワイがキャプテン・クックに「発見」されたあと、多くの欧米人がハワイへ渡った。新しい技術とともに、宣教師たちがもたらした思想は、フラや文字を持たないハワイ語など、ハワイ古来の文化を野蛮なものとして禁止した。

 取り返しがつかなくなる前に、自分たちの文化を補完しようと、1970年代にハワイルネッサンスと呼ばれる運動が起こる。その象徴ともなるプロジェクトが、ハワイに人類が上陸した船、風のみを動力とする双胴船カヌーの再建と、星の航海術、スターナビゲーションの復活だった。

 1975年、船は完成し、ホクレア号と名付けられた。カヌーは復元されたが、しかし、ハワイに星の航海術の技術は残っていなかった。

 プロジェクトリーダーのナイノア・トンプソンは、当時六人しか残っていなかった星の航海術の後継者の一人、ミクロネシアのサタワル島に住むマウ・ピラルクに、教えを乞う。あらゆる訓練をマウから受け、ハワイからタヒチへ、復活の航海がいよいよ出発というとき、マウがナイノアに、質問をする。

 『島が見えるか?』

 ナイノアは、質問の意図をゆっくり考えて、『私の心に島が見えます』と答えた。島とは、航海の目的地、4000km離れたタヒチのことだった。
 『それを絶対に見失うな。心のその島を見失わなければ、そこにたどり着ける』
この問答が、マウからナイノアへの、最後のレッスンだった。

*  *  *


 故人を弔い、輪になって並んだ日系人を撮影していたカメラで、避難区域を撮影したシリーズに、私は、「Island in My Mind」というタイトルをつけた。ふるさとに立つ人を中心に、囲んだ円が結んだ一つの島は、離れて暮らす今もなお、彼らの心にいつも見えているのだ。その思いの力があれば、必ずまたそこにたどり着けるのだと、私は彼らから教えてもらっている。

――岩根 愛



▼同時開催
11月17日(土)〜12月2日(日) 『FUKUSHIMA ONDO』KANZAN GALLERY
11月21日(水)〜12月3日(月) 『KIPUKA』ニコンサロン大阪
▼映画上映
11月24日(土) 12:30〜 有楽町朝日ホール
『盆唄』 (監督: 中江 裕司、 アソシエイトプロデューサー:岩根愛 )
第19回東京フィルメックス特別招待作品(2019年公開予定)

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