清水 匡 写真展「LOST CHILDHOOD ― バングラデシュ、失われた子どもたちの時間 ―」

レポート / 2020年9月29日

~子どもたちの表情が投げかける、真摯な問い~

会場にて、清水さん。

NGO職員として約20年間、世界の子どもたちと向き合われてきた、人道写真家の清水さん。1999年「国境なき医師団」の日本職員となり、アジアやアフリカで活動現場を撮影。2003年には「国境なき子どもたち」へ移り、世界各地で困難な状況にある子どもたちの現状を伝えるための取材や撮影を続けています。2016年には、人道写真家としての活動も開始されました。

本展では、バングラデシュの首都・ダッカで暮らす子どもたちを撮影した写真が展示されています。そこには、工場で働く子どもたちや、路上で生活する子どもたちなど、様々な環境に身を置く子どもたちの姿が写し出されています。ダッカにやって来た経緯や歩んできた人生は違えども、彼らには「大人からの愛情を知らずに育った」という共通項がありました。

●認定NPO法人国境なき子どもたち(以下、KnK)とは?

ストリートチルドレンや暴力や虐待の被害にあった子ども、大規模自然災害、紛争などで不安定な状況下にある子どもなど、世界各地で困難な状況にある青少年を支援する国際協力NGOです。1997年に世界の子どもたちと「共に成長する」ことを理念に活動を開始し、現在は7の国と地域で活動しています。

KnKでは、海外の困難な状況にある子どもたちの現状を、日本の人々、特に若い世代に海外の子どもたちの現状を伝えることを目的に、2004年以降、毎年写真展を開催。本展で第17回目の開催となります。(本展WEBサイトより引用

――バングラデシュの子どもたちを撮影された経緯を教えてください。

KnKの広報を担当しており、普段から世界各地の子どもたちへ取材を行い、彼らの現状をニュースレターの形で支援者の方々にお届けしています。バングラデシュには、その業務の一環として、2007年、2014年、そして昨年の2019年の計3回訪れました。本展で展示している写真の大半は、昨年の取材時に撮影したものです。

――本展の写真を拝見する中で、工場で働く子どもたちの大人びた表情や佇まいがとても印象的に感じました。

彼らに取材をしたとき、まるで大人と会話をしているような違和感を覚えました。どの国の子どもたちも、話しかけたり、カメラを向けたりすると、はにかんだ笑顔を浮かべたり、子どもらしい一面を見せてくれるものなのですが、工場で働く子どもたちからは、働きはじめて日が浅い子たちを除いて、そういった表情が全く見られませんでした。彼らの大半は、経済的な理由から10歳前後で単身ダッカに出稼ぎにやってきます。そして、薄暗く劣悪な環境の工場で、大人と肩を並べて働き、家族を養っています。いわゆる児童労働です。

しかし、取材を行ううちに、児童労働という一言では済ませられない現状が見えてきました。取材中も作業の手を止めることなく淡々と仕事をこなす、その横顔からは、職人の姿を彷彿するとともに、仕事への誇りも感じたのです。本来であれば子どもとして過ごすべき時間が抜け落ち、早い段階で大人にならざるをえなかった彼ら境遇が、大人びた表情を生み出したのだと思います。

――その一方、路上で生活をしている子どもたちの表情からは子どもらしさが見て取れますね。

ストリートチルドレンも厳しい環境下で生き抜いていますが、彼らは遊びながら、働いたり、物乞いをしたりと、子どもらしい時間も過ごしています。ですが、ゴミ拾いや荷物運び、物乞いなどで生計を立てている以上、将来的な保証はありません。

その一方、工場で働く子どもたちには安定した職があり、将来のビジョンもあります。ですが、その代償として失っている、子どもとしての時間は取り返しのつかないものです。また、彼らが大きくなって結婚し子どもができたとき、自身の子どもを学校に通わせたり、親として愛情を注ぐことができるのだろうかという不安もあります。

ストリートチルドレンの将来は現状のままでは厳しいですが、周りのサポートにより、路上生活から抜け出せる子どもたちもいます。KnKでは、青少年の保護を目的にドロップインセンターを運営し、食事と日中の睡眠場所の提供、教育クラスの実施などに取り組んでいます。その中で、スタッフが子どもたちへ愛情を注いであげられれば、その子どもが大きくなったとき、また別の子どもに愛情を注いであげられると思うのです。仕事や将来への保証はもちろん大切ですが、それさえあれば良いということではなく、子どもたちにとっては大人からの愛情も必要だと思うのです。

こちらはドロップインセンターの子どもたちを写した1枚。黄色いタンクトップを着た17歳の少年ラジュは、小さな子どもたちの面倒をよくみてくれます。センターのスタッフは、10年前の開設当初から変わっていないので、子どもたちの成長をずっと見守ってきた親代わりのような存在。スタッフが愛情を持って子どもたちと接してきたからこそ、ラジュも自然と小さな子に自身が受けた愛情を返しているのだと思います。

――約20年間、世界各地の子どもたちへ取材を行ってきた中で、意識されていたことはありますか?

相手を傷つけないということを常に意識しています。というのも取材とは、人の心に土足で踏み込む行為だと僕は思うのです。抽象的な例えではありますが、土足で入る前には、せめてドアをノックし、靴を脱いで入ること。また、裸足で入っても足跡は残ると思うので、そういったものを綺麗にして帰るということを意識しています。取材ではプライベートなことを聞き取ることになりますし、僕の質問によって辛い過去を想起する子もいるかもしれません。だからこそ、自身が聞きたいことだけ聞いてさようならということではなく、最後にはポジティブな質問をしたり、少し冗談を言ったりなど、質問で辛い思いをさせてしまったことに対してのフォローアップは常に心掛けています。

――2016年から人道写真家として活動されているとのことですが、その前後で写真に対する意識に変化はありましたか?

以前は、子どもたちの現状を分かりやすく伝えるということに重きを置いた、説明的な写真を撮影していましたが、人道写真家として活動し始めてからは、鑑賞者の想像力を刺激するような写真の撮影に取り組んでいます。説明的な写真には、多くの人にとって分かりやすいという利点はありますが、分かりやすいからこそ素通りしてしまうという欠点もあります。もちろんアート的な難解な写真である必要はないのですが、鑑賞者がふと立ち止まり、子どもたちに思いを巡らせるきっかけとなるような写真を撮りたいという狙いがあります。

その反面、以前から変わらない思いもあります。それは、写真の良し悪しよりも被写体である子どもたち自身を見てもらいたいということ。そもそも僕が人道写真家として活動し始めたきっかけは、KnK関係以外の不特定多数の人にも、子どもたちの現状を伝えたいと思ったからです。また、写真家と名乗る以上、対外的な評価が必要だと思ったので、様々なコンテストにも応募し、2015年に第4回日経ナショナルジオグラフィック写真賞の優秀賞、2017年には第24回土門拳文化賞奨励賞を受賞しました。

――キャプションには、被写体の名前、年齢、職業と勤続年数、月収、生い立ちや取材時のエピソードなど、とても詳細な情報が記載されていますね。

写真に写りきらない部分には、子どもたちの生活や人生があるということを想像して欲しいという思いから、キャプションに子どもたちのストーリーを記載しています。彼らについて論じるとき、僕も便宜上「ストリートチルドレン」や「難民」といった名称を使いますが、そのようにカテゴライズしてしまうと、個々の存在が見えにくくなってしまいます。当たり前ですが、一人ひとりに名前があり、個性があり、そしてそれぞれの人生があります。そういった部分が見えてくると、子どもたちをより身近に感じてもらえるのではないかと思うのです。

工場で働く少年の大人びた表情、路上で暮らす少女の不安そうな横顔。本展の写真を見つめていると、被写体の子どもたちのこと、そして、彼らがどんな人生を歩んできたのかということが知りたくなります。しかし、それは目に見える形では写し出されていません。子どもたちと正面から向き合い、彼らの言葉を聞き、その姿を写し続けてきた清水さんの約20年間の軌跡は、そうした写真の写らなさとの格闘の日々でもあったのではないかと思います。そして、本質は見えないところに流れているからこそ、写真は鑑賞者の好奇心を刺激するのだとも思うのです。

彼らのために何ができるのか。被写体の人生を想像するというプロセスは、わたしたちに真摯な問いももたらします。写真を観る体験の先にはどんな出会いがあるのか、ぜひ会場で確かめてみてはいかがでしょうか。

会場では本展の写真集もお買い求めいただけます!あわせてぜひご覧ください!

※アイデムフォトギャラリー シリウスでは、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、マスクの着用と備え付けの消毒液による入館前の手指の消毒、検温が実施されております。また、混雑緩和のため入館制限を実施させていただく場合もございますので、余裕をもってお出かけください。

【清水 匡 写真展「Lost Childhood ― バングラデシュ、失われた子どもたちの時間 ―」】
会場:アイデムフォトギャラリー シリウス
会期:2020年9月24日(木) 〜 2020年9月30日(水) (日曜休館)
10:00〜18:00(最終日15:00終了)
https://www.photo-sirius.net/

清水さん WEBサイト
https://www.kyoshimizu.jp/

国境なき子どもたち WEBサイト
https://knk.or.jp/