富山市東岩瀬町ほか

富山市東岩瀬町ほか
産業編集センター 出版部
2025/04/15 ~ 2025/05/15
富山市東岩瀬町ほか

【旅ブックスONLINE 写真紀行】
産業編集センター出版部が刊行する写真紀行各シリーズの取材で訪れた、全国津々浦々の風景を紹介しています。
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歴史的家屋が建ち並ぶ船主たちの町

 富山市北部、神通川が富山湾に注ぐ河口の東側にあるのが岩瀬地区である。古くから船運の中継地としてにぎわっていたが、江戸時代、上方と北日本を結ぶ北前船の寄港地となってからは大いに栄えた。街には廻船問屋の家屋や土蔵が建ち並び、多くの船主が居を構え、巨万の富を蓄える船主もあらわれた。中でも大きな五つの船主(馬場家、米田家、森家、畠山家、宮城家)は岩瀬五大家と呼ばれ、その筆頭である馬場家は、北陸五大船主のひとつとしても数えられるほどだった。
 明治中頃まで岩瀬の繁栄は続いた。その軌跡は、今も町に残る古い家屋に見ることができる。北前船廻船問屋の森家と馬場家の家屋をはじめ、かつての廻船問屋の家屋が旧北国街道の大町通りや新川町通りに面して軒を連ねている。その重厚で壮麗な姿は、この町が刻んできた歴史の重みを感じさせる。
 それにしても、よくここまで古い建物が保存されていたものだと感心する。だが、調べてみると、岩瀬の町は明治六年に大火に見舞われ、町の半分以上が焼けてしまい、江戸期の建物はほとんど消失してしまったのだそうだ。今残っている建物は明治初期に建て直されたものらしい。
 古い町並みを抜けて富山港の方へ向かうと、大きな展望塔があった。岩瀬にある琴平神社の常夜灯をモデルにしてつくられたもので、たしかに全体のデザインが常夜灯に似ている。高さ約25メートルの展望フロアからは、富山港と日本海、そして岩瀬の街並みを一望することができる。陽の光を浴びて鈍く輝く連続する瓦屋根が、歴史ある町の趣をさらに深めてくれる。
 そのまま港あたりから東の方へ歩いていくと、昭和十五年に開削してつくられた岩瀬運河がある。その運河にかかる海側の橋、大漁橋を渡り、運河沿いの整備された遊歩道を歩く。この運河を境に、町は急に新しくなって風景が一変する。まるで運河が過去と現在との間に横たわる時間の溝の役割を果たしているかのようだ。海風と、沈みゆく夕陽を背中に感じながら、岩瀬橋を渡って再び古い町並みが残るエリアに歩を進める。明治からの老舗料亭、松月(しょうげつ)の建物がやさしく迎えてくれる。次に岩瀬を訪れる機会があれば、しっかりとこの料亭に予約を入れて、富山を代表する白海老の料理を楽しみたいものだ。