福井県小浜市遠敷

福井県小浜市遠敷
産業編集センター 出版部
2024/10/15 ~ 2024/11/15
福井県小浜市遠敷

【旅ブックスONLINE 写真紀行】
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江戸・明治築の重厚な平入りが建ち並ぶレトロな町並み

 福井県の難読地名ベスト5に挙がっているこの地名、「おにゅう」と読む。歴史はかなり古く、飛鳥時代にはすでに若狭一帯の文化の中心地であり、東西に丹後街道が走る往来拠点として栄えていて、当時は「おにふ」と呼ばれていた。昔は漢字では「小丹生」と書いていたが、和銅5(713)年の「好字二字令」により、遠敷の字が当てられたといわれている*。
 それにしても素人考えでは、「おにゅう」に「遠敷」という漢字を当てるのはいささか無理があるような気がするのだが、今のところ納得できる解説は見当たらず‥‥。
 それはともかくとして、遠敷は商業の中心地としてだけでなく、養老5(721)年創建の若狭一の宮をいただく門前市の町としての顔も持っている。若狭一の宮は上社と下社の総称で、上社を「若狭彦神社」、下社を「若狭姫神社」と呼んでいる。元々は上社が祭祀の中心だったが、室町時代ごろから下社に移り、現在ではほとんどの祭事は下社の若狭姫神社で行われ、神職も下社にのみ常駐している。
 遠敷では、姫神社に中心が移った室町期から毎日門前市が開かれ、商業の町としてのにぎわいは隣接する小浜を凌ぐほどだったという。全盛期には全戸数の約3分の1が商業に従事していたというから相当なものである。
 しかしその後は小浜がどんどん発展していったため、商業の中心は次第に小浜に移っていくことになる。だがそれでも、昭和初期までは、街道筋の町としての遠敷の価値はまだまだ失われていなかった。しかし昭和中期からの高度経済成長期以降、小浜にほとんどその地位を奪われ、遠敷の町は急激に衰退していった。
 現在の遠敷は、大都市小浜のベッドタウン的な場所になりつつあるが、今も旧丹後街道沿いには昔ながらの商業町の面影が色濃く残っている。江戸後期から明治期にかけて建てられた重厚な商家の建物は、間口を広々ととった平入り切り妻造りの見事な家々で、繁栄を極めた往時の様子を偲ばせる。
 重伝建に認定されてもおかしくないレトロで美しい町並みだが、あまり積極的にピーアールもしていないようで、観光客もほとんどいない。そんな静かな雰囲気の中、広くて高い青空の下で、ゆったりとした平入りの古い邸宅が並ぶ道を歩いていると、何だか懐かしくて、古き良き時代の街道をそぞろ歩きしているような気分になる。JR東小浜駅から歩いてほんの7分ばかり。穴場をお探しの方にはぜひお勧めしたい町である。

※『ふるさと再発見の旅 東海北陸』産業編集センター/編 より抜粋