三十歳になったばかりのころ仕事で訪れた八代海に臨む小さな町は、学生時代を東京で一緒に過ごして、その後は僕のせいで会うこともなくなってしまった友人の生まれた町だった。これといった特徴もないような町だったけれど、湾曲した道の先に海が見えた。それは誰も気にとめることもないような海だった。最初からそこにあるから仕方なくそのままにしてあるのですというような海だった。
しかし、友人はその海を見て育った。小さなころからいつもその海を見て育ったのだ。僕といた時、友人の内にはそんな寂しい風景があったことを僕は知らなかった。そう思ったらとても哀しい気持ちになった。
それがきっかけになったのかはもう忘れてしまったけれど、二十年以上経った今でも海沿いの町への小さな旅は続いている。
僕にとっての旅は、旅先のその町に明日もまた同じような日常が訪れるのだということを、しみじみと切なく感じることだ。帰りのバスが動き出し、少し高くなった座席から見える町がゆっくりと流れる。昨日歩いた路地、商店、人の姿、きらりと光る海。明日もまた、この町の人たちはこの海を見て暮らすのだろうと僕は思う。
少しでも遠くへ、少しでも小さな町へ旅をしたい。
僕の内には無い風景を見てみたい。―染谷學―
【染谷學 写真展「六の舟」】
会期:2021年11月29日(月)〜2021年12月12日(日) 13:00〜19:00
会場:蒼穹舎(会期中無休)