~柔らかく漂う世界へ、没入感に浸れる贅沢な時間~

映像監督・写真家の林響太朗の初の作品展「ほがらかに。」について、林さんにお話を伺いました。
ー今回の展示を拝見して、空気感や世界を形づくる色味の美しさに魅せられました。林さんの中に色にこだわりといったものはありますでしょうか。
こだわりというか、こういう色でないといけないといった固執はありませんが、(自分自身)色好きですね!例えばポルトガルに行ったとき「タイルが綺麗だな」、その時は率直にその景色に感動しているのですが、撮った後に色味を調整するときは、自分の記憶と照らし合わせながらこの色いいなと、作っていきます。
ー今回の展示の始まり、布にプリントされた作品たち。ガラス越しの光の当たり方であったり、見る場所によっていろいろな印象を受けます。展示するときに意識されたことなど教えてください。
サイズの大きな作品ですが、均等に配置し空間を広く感じるようにしました。また均一に展示することで写真や映像自体にきちんと目がいくように、妻(黒谷優美さん)が全体の構成と設計をしてくれました。
今回テーマとして大きく掲げたのは、写真と映像が流動的に、互いに馴染み合うことでした。「写真的な映像」と「映像的な写真」、そうした作品を目指しています。
その中で展示の入口にあたるスペースは、写真と空間と揺らぎ、写真が映像的に見えるようにに表現しました。そのコンセプトに則って表現するよう、作品サイズも含めて皆と話し合いました。
ーなるほど。その世界に入っていくようなイメージでしょうか?
ギャラリーという場所でこんなことを言うのも何ですが、あえて「写真展」にはしたくなかったんです。体験してもらう場にしたいと考えました。
音楽を聴いて没入し、映像や写真から何かを感じてもらい、作品の前後の物語に、自分の記憶を重ねていってもらえたらと思っています。
ーどこかで見たことがあるような光景でもあり、誰しも記憶のどこかに持っているような気がします。
普段あまり旅はしませんが、妻と「いい景色を見に行こう」というテーマで、今まで“見たことがない景色”と“見たことがある景色”を探しに行きました。なぜか好きな景色は似ていて、さっき話した色のことも関係しているかもしれません。
ご年配の方の背中には哀愁があって素敵だなと思ったり、手を繋いでいる人や朗らかな表情の人をなぜか撮ってしまったり。そうやって、自分が気になるもの、好きなものを集めていくうちに、「これが自分の視点なのかもしれない」と。それらを編集していって今回の展示空間をつくり上げました。
ー林さんのInstagramを拝見すると、「自分自身の視点をみつけようと心掛けて」、と書かれています。
普段のお仕事では、“こういうものを作らないといけない”という意識が働くと思いますが、今回の撮影や展示で何かがリセットされた、あるいは視点が変わったと感じることは?
今までにさまざまな映像をつくってきました。大人数で仰々しく作るものもあれば、少人数で制作するものも。写真も含め自分らしさについて、自分自身でもよくわからないまま進めていたような気がします。綺麗に仕上げること、その完成度に感動する瞬間は常にあり、「物足りなさ」や「枯渇している感じ」はなかったのですが、いざこうして展示することが決まってすごく焦りました。自分の写真や映像にはテーマやお題はない、「どうすればいいんだ」と震えました。
そんな中、写真を見返していたとき、ふと「柔らかい風が吹いているな」と思ったんです。そういえば、自分の名前に“朗”が入っているなと。まるで名前に導かれたような感覚でした。
「ほがらかな景色」。そこから着想を得て、徐々に気づかされていったような気がしています。
ー旅は時間を見つけて行かれたのですか?それとも一気に?
本当は時間を見つけて行ければよかったのですが、一気に行きました。月に2週間ずつさまざまな国を巡り、この展示のために動きました。最初は仕事の合間に撮影していたのですが、こんな大きな会場で展示をするとなると、作品数が足りない気がして。「自分の個展として何ができるか」を考え、「まずは撮りに行ってみよう」と思ったのが出発点でした。
ーどんな機材で撮影されたか、お聞きしてもよろしいでしょうか?
キヤノンのR5 Mark II、ライカのS2、そしてライカのM4を使いました。基本的にフィルムではなくデジタルで撮ります。
ー撮影した後に作品へ落とし込む際の色味を調整についてお聞きしてもいいでしょうか?
その時の感覚を思い出して描く感じですね。写真を見返して「ああ、こういう色だったな」と思い出す。それはまるで、過去を振り返って日記をつけるような、絵日記のような感覚かもしれません。写真を撮ること自体がドキュメンタリーなので。映画的でもあり、会話的でもあり、少し夢のようなシーンとして残ってくれたらという思いで制作しています。
ータイトル「ほがらかに。」につながっていきますね。(タイトルを)はじめて見た時は歌詞のように感じました。
あるアーティストのMVを制作したとき、情景をとても大切にした映像を作り。それが自分にとって今回のきっかけになっていて、「自分が撮りたいものってこういうものかもしれない」と初めて感じました。
普段は、与えられたお題に対して面白く答えることや、綺麗で美しいものを世の中に発信することを大切にして制作していますが、今回の作品は、これまで以上に「情景」を大切にした映像でした。
あの映像をつくったとき、「世界中でこういう景色を撮れたら本当に素敵だな」と思いました。もちろん、納期の関係もあり1年かけて制作することはできませんでしたが、今回の機会に恵まれて、
「ああいう景色を撮りたい。きっと奇跡みたいな時間が世界中にあるはずだ」と感じ、撮影をすすめました。
ー世界のどこかにそうした光景はあるかもしれないし、自分のすぐ近くにもあるかもしれない。
そうです。それがいろいろな場所で起きているということは、すごく幸せなことだと。自分のすぐ横にあるかもしれないし、気づいていないだけかも。本当に今回の旅自体すごく幸せな時間の連続で、そんな光景が、いろいろな形で確かに存在していると感じました。
ー(「うるおう」の部屋に移動)最後の部屋はまるで潜水艦に入ったようで、それぞれの展示方法が面白いなと感じました。3つの部屋に分けられたのは?
構造的な意図としては、最後の部屋を広く感じてもらいたいというのが一番の目的です。
最初の「ただよう」という部屋は、少し風を感じるような、外の空気を取り込んで深呼吸できるような空間にしたいと思いました。開放的なこの空間から始まり、次にキュッと小さな部屋へ。ここでは「ほがらかに。」というタイトルへの想いを読んでもらいながら、暗い空間に浮かぶアクリル作品から透明感を感じ取っていただきたいと考えました。この「うるおう」という部屋は、自分の“源泉”となるものを表現しています。最後の「みつめる」では、映像と写真が響き合う空間にしています。
ー確かに、「うるおう」は、一つひとつじっくりと没入できる部屋ですね。
ここには、今回の旅で最初に撮った写真を展示しています。(今回の)自分自身の始まりであり、「源」のような存在です。「ほがらかに。」というタイトルを決めたきっかけでもあります。
ー素敵ですね。今回の“源”となった作品の選定は、難しかったですか?アクリルのサイズが小さめなのもあり、世界がここにギュッと凝縮された印象を受けました。
少し時間はかかりましたね。この部屋をアクリルで構成したくて、瑞々しさを閉じ込めたくなるような作品を探しました。
そして次の部屋(「みつめる」)に入ると、パッと空間の広がりを感じられるようになっています。没入感を生み出せるといいなと思っていて。潜水艦っぽい、確かにそうですね。

どこかで見たことがあるような景色、それが記憶とつながっていく。
ー(「みつめる」の部屋に移動)間違えて入ってしまったような、不思議な感覚があります。映像と写真の展示は、冒頭でお話しされていたように、“境界をなくす”という意図でしょうか?
そうですね。写真も映像も、どちらもずっと作ってきたので、フラットに観てもらえると嬉しいです。映像と写真という作品を別のものとして見るのではなく、同じ視点で眺めていい。それに気づいてくださる方がいれば嬉しいです。
ー映像も写真も、ひとつの流れの中にあるように感じますね。
そうなんです。仕事では主に映像を作ってきましたが、趣味で続けていた写真も、だんだん映像的になってきたと。映像ではできない表現もあり、それを写真なら表現できるのではと今回考えました。
ー見ていて「止まっているのかな?」と思ったら動き出す…その驚きも含めて、映像と写真を両方楽しめるのはとても贅沢な空間ですね。
バランスについても、かなり議論を重ねました。映像は鑑賞に時間がかかるので、物理的に映像作品の数は少なくしています。鑑賞時間で言えば写真と同じくらいになるように調整し、それぞれの枚数を決めましたが、うまくいったのではないかと思っています。
ー中央に設置された横長モニターが、この空間をさらに印象的にしていますね。この動画は、音楽に合わせて編集されていると伺いました。
音楽は父(林有三さん)が作ってくれました。その音に合わせて、約30分の映像を少しずつ素材から再編集しています。音とのタイミングが面白く、ここに立ち止まって音を聴きながらじっくり見てもらえると…いろいろな楽しみ方ができると思っています。
例えば一列に並べて展示すると、自分の意図通りの見せ方もできたと思います。しかし作品をそれぞれ独立させて展示することで、鑑賞者の頭の中で自由につながっていく。実は横並びの作品群には自分なりのグループ分けがあり、ルールを設けてはいますが、順を追って見なくても楽しんでいただけるのは、空間展示ならではの魅力だと!
ー自由に感じてもらいたい、ということでしょうか?
そうですね。人が感動する瞬間には“共感”がとても大事だと思っていて。この中に“見たことがない”のに“見たことのあるような”景色がもしあれば、(見る人の)自分の記憶と照らし合わされていく…
そんなふうに、鑑賞者それぞれの可能性に委ねられたらいいなと思います。
ーモニターのサイズ感が、まるでフィルムを思わせますね。
正に35mmフィルムのロールで見る楽しさをイメージしました。もちろん、巨大モニターを設置するのもカッコよかったと思いますが、没入感の中にあまりに大きな画面があると、少し威圧的に感じられるかと思い。この横長のモニターはLGさまからお借りしましたが、左右の写真との縦のサイズ感がほぼ同じ。一直線のラインが空間的にも広く心地よく感じられると考えました。
ー最初に話されていた「規則性」にもつながりますね。本当に、これだけの展示を見せていただけるなんて…!
僕にとっては、展示というものが初めてだったので、感謝の気持ちしかありません。
ーご自身の中で今回で「出し切った」?それとも、まだもっとやりたいことがあると感じていますか?
「見つめ方」というものに向き合えたというか、自分が本当に好きなものがきちんとわかったような気がしています。今までも、好きなものはたくさんありました。でもその中でも、「柔らかくて気持ちのよい時間」が自分にとって大切なものと、改めて気づかされました。
自分でもよく「いいな」と言うのですが、その言葉の語源のようなものを、今回の展示を通して初めて実感できたように思います。
もしまた展示させてもらえる機会があるなら、「ほがらかに。」というタイトルは変えずに、続けていけたらと思っていて。この視点は、自分にとってとても大事なことなので!
ーありがとうございました。

トークイベントも!お申し込みはこちらから
日時:8月2日(土)15:30~16:30 ※15:00開場
場所:キヤノンホール S(東京都港区港南2-16-6 CANON S TOWER 3F)
内容:作品制作や空間構成、また写真集やグッズの制作など、今回の作品展についての想いを林響太朗さんにお話しいただきます。
定員:150名(先着申込順、参加無料)
申込み期間:7月22日(火)10:00〜8月2日(土)12:00締切
【林 響太朗 作品展「ほがらかに。」】
会期:2025年6月27日(金)~8月6日(水)
会場:キヤノンギャラリー S
住所:東京都港区港南2-16-6 キヤノンSタワー1F
時間:10:00〜17:30
休館日:日曜・祝日
https://personal.canon.jp/event/photographyexhibition/gallery/hayashi-melodious
【林 響太朗】
official site kyotaro.org
Instagram instagram.com/kyotaro_photo/