薄明の櫻

榎本 敏雄 / Web写真展 Vol.068 / 2021/04/06 ~ 2021/04/18
写真家はだれしも、フィルムに収めた映像を永久に残したいと願うものである。私は、2014年ごろから500年もの歳月を耐えるというプラチナ・プリントに挑み始め、ほぼ同じころ、映像を和紙へ定着させる模索も始めた。土佐や越前から何種もの和紙を取り寄せ、あるいは産地に紙すき職人を訪ねて、ようやく出会った高知県いの町の手すき和紙もまた、数百年という単位で光や湿度に耐え変色することがない。そして30年余りにわたって対峙してきた薄明にたたずむ桜を、プラチナ・プリントで手すき和紙に焼き付けた。
 
わずかな光で桜の姿をとらえるには、絞りを開放にしたうえで長時間の露光が必要である。レンズを開け放てばわずかな部分にしか焦点は結ばれず、明部は光に溶け、暗部は闇に沈んで墨をたらし込んだようにおぼろげとなる。露光時間を1秒に切り詰めても花弁はふるえ、枝はかすかに揺れるが、ときに5分もシャッターを切り続けながら桜の周囲を走り回り、繰り返しストロボを焚くこともある。光を受けた花弁だけが、その瞬間を固定される。こうして得られた映像は、決して目に見える桜そのものではない。

『薄明の櫻』には幾層もの時間が重なりあっているのである。そしてこの映像は、プラチナ・プリントと手すき和紙であればこそ達成できたといえるだろう。
私は、目に見えないものを撮りたい。それは何かと尋ねられても「言葉にできないから写真に撮っている」としか答えられない。ひそやかな春のあけぼのを共有した桜をご覧いただき、私が追い求める「目に見えないもの」を思い描いてもらえれば幸いである。
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