福井県南条郡南越前町河野

福井県南条郡南越前町河野
産業編集センター 出版部
2024/10/15 ~ 2024/11/15
福井県南条郡南越前町河野

【旅ブックスONLINE 写真紀行】
産業編集センター出版部が刊行する写真紀行各シリーズの取材で訪れた、全国津々浦々の風景を紹介しています。
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「北前船主通り」で、かつてお宝と幸せを運んだ男たちを偲ぶ

 初っ端から演歌の話で恐縮だが、五木ひろしの『北前船』という歌をご存知だろうか。
  日本海いく 希望の船は 夢を積み荷の 千石船だ(中略)
  お宝お宝 ヨーイトセー しあわせ運んで 北前船  (石原信一作詞)という、実に景気の良さそうな歌詞なのだが、実際、全盛期の北前船は、日本海沿岸にお宝と幸せを運んでくれる船だった。北       前船とは、江戸中期から明治30年頃にかけて、大阪と蝦夷地を結ぶ日本海廻りで、途中の各港で商いをしながら往復した廻船のことである。この商いで巨万の富を築いたといわれる五大船主の一人に、右近権左衛門という人物がいる。右近家は天明・寛政の頃から活躍し、全盛期には30余隻を所有。だがこの右近家、面白いことに、その後北前船が衰退してくると蒸気船を導入して海運の近代化を進めると共に、事業の転換を図り、海上保険業に進出して日本海上保険(株)を設立。損害保険ジャパン(株)として現在も続いている。
 南越前町河野は、この右近家を始めとする北前船の船主たちが生きた町である。そして贅を尽くした船主たちの豪勢な屋敷が今も残る、約200メートルに及ぶ「河野北前船主通り」がある。現在は海岸線が埋め立てられ、拡張整備された国道305号線が河野の主要道路になっているが、この国道沿いに観光客用の広い無料駐車場がある。
 船主通りは非常に狭い通りなので、散策する際はここに車を停めて歩くことになる。
 駐車場を出て国道を渡ると、そこには立派な門構えと「北前船主の館 右近家」と書かれた看板があり、奥には広大な屋敷が鎮座している。門から右近家の私有地に入ることになるのだが、実はここが船主通りの集落の入り口になっている。というのも、この通りは断層海岸地形で断層崖が海に落ち込む崖下の狭小な平地にあり、家屋は海岸に沿って帯のように連なる。船主邸はどの屋敷も、海への畏敬の念を表すために海に向かって(現在は国道沿いに)門を構え、また海から吹き寄せる海風をさえぎるために海側に土蔵を建て、山側に主屋を配置し、前庭に根を張るモチの大木を植える、などの共通の造作が見られる。そしてこの海側の建物と山側の建物との間の通路が、船主通りという公共の通りになっているのだ。だから観光客は、人の家の中を散策しているような不思議な感覚になる。これが船主通りの大きな特徴で、他にはない独特の景観を作り出しているといえよう。
 河野の集落は平成29年に文化庁から「日本遺産」に認定されたが、まだまだ観光客は少なく、平日など殆ど人に会わずに集落内をゆっくり散策することができる。

※『ふるさと再発見の旅 東海北陸』産業編集センター/編より抜粋