静岡県賀茂郡松崎町岩科南側

静岡県賀茂郡松崎町岩科南側
産業編集センター 出版部
2025/04/15 ~ 2025/05/15
静岡県賀茂郡松崎町岩科南側

【旅ブックスONLINE 写真紀行】
産業編集センター出版部が刊行する写真紀行各シリーズの取材で訪れた、全国津々浦々の風景を紹介しています。
書籍では掲載していない写真も地域ごとに多数掲載。
写真の使用・販売に関するご相談は旅ブックスONLINEのお問い合わせフォームからご連絡ください。

なまこ壁」の原風景が見られる小さな集落

 南伊豆の松崎町は、見事な「なまこ壁」の蔵屋敷が建ち並ぶ町並みで全国的にも知名度が高い。松崎は南伊豆で最大の港町であり、カツオ・マグロの遠洋漁業の中心地
でもあったことから、裕福な商家が数多く生まれ、立派な蔵を持つ豪勢な屋敷が次々に建てられた。
 その松崎から少し離れたところ、下田に向かう途中に、岩科という小さな集落がある。|岩科北側《いわしなほくそく》と|岩科南側《いわしななんそく》というわかりやすい住居表示で二つに分かれているこの町もまた、全域になまこ壁の建物が見られる。
 松崎の「なまこ壁通り」は、確かに美しく見応えのあるなまこ壁の蔵屋敷が揃っているが、整然としすぎて生活感が感じられない、という向きには、ぜひこちらの岩科をお勧めしたい。特に岩科南側には、なまこ壁の原風景とでもいうべき昔ながらの家並みが残っている。ここのなまこ壁は、蔵だけでなく、母屋の屋根部分だったり、壁の一部だったり、塀だったり、家のいろんな場所に所構わずピンポイントで使われていて、これこそがなまこ壁の本来の使い方だったのではないかと思えるのだ。いかにも必要な部分に必要な範囲だけつけました、という感じが、潔くて生活感にあふれていて、なんとも魅力的だ。
 そもそもなまこ壁とは、江戸時代、潮風や台風などの風雨から建物を守り、また耐火性に優れることから、全国的に普及したものである。壁面に平瓦を並べて貼り、瓦の目地(継ぎ目)に漆喰をかまぼこ型に盛りつけて塗る左官工法で、目地の盛り上がった形が海の海なまこ鼠に似ていることから「なまこ壁」と呼ばれた。このように実用性に優れた工法だが、元々が武家屋敷の壁に使われ始めたものなので、機能性だけでなく堅牢で重厚感があり、意匠的にも独特の美しさを持ち合わせている。
 なまこ壁は全国各地で使われているのだが、この南伊豆地方(下田にも多く残っている)に特に集中的に見られる理由は、今もはっきりした解釈がされていないらしく、
なかなか興味深い謎と言っていいかもしれない。
 岩科地区には、国の重要文化財である「岩科学校」がある。明治に建てられた擬西洋風の木造建築で、伊豆地方最古の小学校。外装の白壁には一面になまこ壁が使われている。なまこ壁の美しさを集約したような外観で、岩科を訪れる機会があればぜひ立ち寄って欲しい、一見の価値ある建物である。

※『ふるさと再発見の旅 東海北陸』産業編集センター/編より抜粋