岐阜県瑞浪市大湫町

岐阜県瑞浪市大湫町
産業編集センター 出版部
2025/10/15 ~ 2025/11/14
岐阜県瑞浪市大湫町

【旅ブックスONLINE 写真紀行】
産業編集センター出版部が刊行する写真紀行各シリーズの取材で訪れた、全国津々浦々の風景を紹介しています。
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ひっそりと佇む四十七番目の宿場町

 江戸と京都を結ぶ主要街道として整備された中山道。69の宿場町が開かれ、東海道とともに江戸時代の大動脈として人々の暮らしを支えた。岐阜県には、この中山道の宿場町が17宿あり、馬籠宿などは多くの観光客が訪れる宿場として人気がある。それらの宿場の中でも比較的新しく開設されたのが、現在の大湫にあった大湫宿である。江戸からは四十七番目の宿となっている。「くて」とは湿地の意味であり、大湫もその隣の細ほそ久く手ても、山間の湿地帯に田を持つ小さな村だった。
 細久手から琵琶峠を越えると、水田の中に大湫の町が見えてくる。県道から旧道に入ると復元された高札場があり、ここから大湫宿が始まる。東の寺坂下まで約340メートル。道には枡形や弓形が施され、弧を描くようにゆったりと曲がる道筋は、かつての街道を彷彿とさせる。
 街道の両脇には、風情ある家が数多く佇む。中でも脇本陣の保ほ々ぼ家の家、かつての旅籠をそのまま用いた観光案内所の建物、さらには虫籠窓が特長的な門田屋の家屋など、江戸時代の趣をそのまま残しているものも多い。14代将軍の家茂の和宮降嫁の時には、数万人の行列が大湫宿に泊まったという。この小さな大湫にそれだけの人数が宿泊できるのか、そんなことを考えてしまう。
 大湫宿のほぼ中央に、|神明《しんめい》神社がある。慶長13(1608)年に建立されたと伝わる神社で、境内にある御神木(大杉)は、大湫宿のシンボルとして長く人々を見守ってきた。江戸時代にはすでに名所として知られ、江戸中期の狂歌師・|太田南畝《おおたなんぽ》(蜀山人)の旅日記に「駅の中なる左の方に大きなる杉の木あり その元に神明の神社の宮を建つ」と記されている。御神木の根本からは清水が湧き出て「神明の清水」「神明元泉」などとよばれ、地元住民や旅人たちの貴重な水源として親しまれてきた。
 ところが、令和二年にこの地を襲った豪雨によって、この御神木が倒れてしまった。高さ40メートル、幹周り11メートルの巨樹が一瞬にして失われてしまったのである。現在は、切断した根元部分を立ち上げ、大湫のシンボルとして神社の境内に大切に保存されている。
 おそらく、和宮降嫁の行列も眼下に眺めていたであろう神明神社の大杉。その姿は失われても、多くの人々の記憶の中に今も屹立し続けている。

『ふるさと再発見の旅 東海北陸地方』より一部抜粋