富山県滑川市

富山県滑川市
産業編集センター 出版部
2024/10/16 ~ 2024/11/16
富山県滑川市

【旅ブックスONLINE 写真紀行】
産業編集センター出版部が刊行する写真紀行各シリーズの取材で訪れた、全国津々浦々の風景を紹介しています。
書籍では掲載していない写真も地域ごとに多数掲載。
写真の使用・販売に関するご相談は旅ブックスONLINEのお問い合わせフォームからご連絡ください。

ホタルイカと売薬の物語が残る町

 群れをなして回遊する姿が宝石のように幻想的に光ることから、海の銀河とも呼ばれるホタルイカの魚群。このホタルイカの世界有数の生息地である富山湾に抱(いだ)かれた町が滑川である。ホタルイカのいる海域は、「ホタルイカ群遊海面」として国の天然記念物に指定されており、滑川はホタルイカの漁獲量日本一を誇っている。平安期、滑川のあたりには京都祇園社の荘園があり、京都の祭礼の費用を負担する料所(りょうしょ)として「梅沢・小泉・滑河」が指定された。それが滑川の地名の由来となっている。
 時代が下り、江戸時代になると滑川は北陸街道の宿場町として栄えた。本陣が置かれ、旅籠なども多く営まれた一方で、加賀藩の年貢米の積み出しなどを行う物資集積地としてもにぎわい、数多くの商家が軒を連ねていた。当時の面影を今の滑川の町並みに感じることはできないが、それでも昔ながらの商家や町家が数軒残っており、趣ある風景を見つけることができる。
 瀬羽(せわ)町まちにある旧宮崎酒造の建屋、その向かいにある明治期に建築された滑川の伝統的建築である菅田家(すがたけ)住宅、江戸時代に醸造業を営んでいた商家で当時の店構えを知ることができる城戸家住宅、さらに少し離れたところにある廣野家住宅は大正時代に建築された近代和風建築の遺構だ。いずれも国の有形文化財に登録された建造物で、町をめぐりながらこうした歴史的家屋をじっくり観ることができる。自治体はこの町歩きを「宿場回廊めぐり」と銘打って観光資源化しているようだが、たしかに言い得て妙である。
 また、「越中富山の薬売り」として全国的に知られる富山の家庭薬配置業の中心となったのも滑川である。富山の売薬は、病弱だった二代目富山藩主・前田正甫(まさとし)が薬学に興味を持ち、製薬業を奨励して諸国に広めたことが礎となった。江戸城で腹痛になった大名に正甫がもっていた「反魂丹(はんごんたん)」という薬を服用させたところ、すぐに腹痛
が治ったという逸話も残っている。
 この薬の製法を会得したのが、滑川の高月村(たかつきむら)の高田千右衛門という男で、富山の薬種商に丁稚奉公したに学んだといわれている。この薬の製造販売をきっかけに滑川では売薬に携わる者が増え、売薬は富山の一大産業として成長していくことになる。
 ホタルイカと売薬の町、さらに宿場町としてさまざまな物語が残る町、滑川。その物語を辿りながらゆっくりと町を巡れば、はるか昔、多くの人が行き交ったであろう宿場町の喧騒が、遠くから聞こえてくるような気がしてくる。

※『ふるさと再発見の旅 東海北陸』産業編集センター/編より抜粋