静岡県伊豆市湯ヶ島

産業編集センター 出版部
2024/10/16 ~ 2024/11/15
静岡県伊豆市湯ヶ島
【旅ブックスONLINE 写真紀行】
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川端康成が第二のふるさとと呼んだ、山あいの秘湯
湯ヶ島温泉は、伊豆半島のほぼ真ん中、狩野(かの)川の上流の渓谷に位置する天城温泉郷の一つである。歴史は古く、室町時代には金鉱が発見されて採掘が行われていたが、やがて温泉地としても知られるようになる。江戸時代には湯治場として大いににぎわい、遊郭もできるほどだった。
明治に入ると数多くの文人が訪れるようになった。川端康成は学生時代に湯ヶ島を訪れてすっかりに入り、のちに何度も訪れて名作『伊豆の踊り子』を書き上げた。岩波文庫の『伊豆の踊り子・温泉宿』あとがきにこう書いている。「・・・昭和2年まで10年の間、私は湯ヶ島にいかない年はなく、大正13年に大学を出てからの3、4年は湯本館での滞在が、半年あるいは1年以上に長びいた」—湯本館は現在も営業しており、彼が逗留した部屋はそのまま保存されている。
また、湯ヶ島で少年時代を過ごした井上靖は、その頃の思い出を小説『しろばんば』に書いた。主人公の洪作少年が何度も行ったり来たりする母親の実家は、井上靖自身の母の家を描いたもので、「上の家」として今も残っている。他にも与謝野晶子、梶井基次郎、島崎藤村、若山牧水など、ここを訪れた作家たちはかなりの数にのぼる。
文人たちを魅了した湯ヶ島温泉は、狩野川の渓流に沿って旅館がポツポツと点在し、地元の人だけでなく観光客も利用できる共同浴場もある。この共同浴場に通うために作られた散歩道「湯道」があり、現在は宿泊客たちの散策コースとして人気スポットになっている。「湯道」はゆっくり歩いて30〜40分。鬱蒼とした木立に囲まれ川に沿った細い道が続く。都会の喧騒を離れて、鳥の声と川の水音しか聞こえない静けさの中を歩いていると、何だか自分も温泉宿で執筆している文人になったような気分になる。「湯道」のメインスポットは「出会い橋」と呼ばれる二つの橋。黄色い手すりが目立つ「男橋」と「女橋」で、ここで本谷(ほんたに)川と猫越(ねっこ)川が合流し、狩野川となる。この二つの川と二つの橋が出会う場所ということで「出会い橋」と名付けられたそうだ。
しかし、かつて多くの客でにぎわった温泉も、最近は客足が減り、飲食店も閉店し、廃業する旅館も増えてきている。伊豆半島の入口に近い熱海や修善寺に比べると、かなり寂しい温泉地になっている事実は否めない。だが、こんなにさわやかな清流と深い緑に包まれ、豊かな湯量と素晴らしい泉質に恵まれた湯ヶ島温泉、疲れた都会人がリフレッシュするには最適な場所で、もっともっと利用されてよいはず。このまま寂れていくのはあまりに惜しい気がする。
※『ふるさと再発見の旅 東海北陸』産業編集センター/編より抜粋







