林 典子 写真展「If apricot trees begin to bloom」

レポート / 2020年1月20日

~ナリン川の流れとともに形づくられてきた風景と、そこで営まれている人々のくらし~

“If apricot trees begin to bloom (あんずの木に花が咲き始めたら―)”
早春の不安定な気候を謡ったキルギスの伝承話の一節の始まり―。

春、山岳地帯からの雪解け水が川に流れ出る。昔からキルギスの民話では水は聖なる対象として描かれ、豊かなインスピレーションを生む源泉であり、人間の生活と密接に関わる存在として伝承されてきた。
(ステートメントより抜粋)

中央アジアのキルギスは天山山脈に抱かれ、古くはシルクロード交易路の要衡として発展した国。そのキルギスを横断し、隣国のウズベキスタンへと流れるナリン川。展示は樹木一本育たない高地の山々からはじまり、雪解けとともに芽吹く春の息吹のように、川沿いに暮らす人たちのくらしに欠かせない生命の源を届ける、上流から下流への水の旅のはじまりのよう。
声が聞こえてくるような楽し気な水浴びや、川に祈りを捧げる人の姿。灌漑で育てられている綿花、遊牧民のくらしが垣間見えるシーンなど、人々の日常の一コマであるささやかなくらしと、粗削りな美しい風景。川の流れとともに形づくられてきたこれらにふれ、行ったことのないキルギスを身近な存在のように感じました。

フォトジャーナリストとして活躍されている林さんに、ナリン川をテーマに撮られたきっかけなどお伺いしました。

「2012~2014年に『誘拐結婚』の取材のためキルギスに行き、その時は『誘拐結婚』にフォーカスしての取材だったのですが、今思うと寝泊りしていた村はナリン川沿いのところが多かったですね。

『誘拐結婚』で結婚をしたディナラという女性をはじめて取材をしたのは、彼女が誘拐されてきた直後の2012年。誘拐されその家に嫁いでいく姿を追ったのですが、その2年後の2014年の2月に子どもを出産するというときも立ち会いました。『無事子どもが産まれた』とホッとして病院の窓を開けると、ナリン川が流れていました。
そのずっと続く川の流れは、2年前に見知らぬ村に連れてこられ結婚をし、今母親となったディナラの人生が投影されているように感じました。この川をたどって行けばどんな風景に出会えるのだろうと思い、昨年キルギスに戻って上流から川が終わるところまでを取材しました。

今回の写真展の中にはディナラの写真もあり、誘拐されてきた直後のものと、彼女の子どもの写真も展示されています。今の彼女には『誘拐結婚』で結婚をしたという事実よりも、直面している多くの問題。家庭と仕事の両立など日常の中の試練を乗り越えていこうとする人生が広がっています」。

ー昨年キルギスに行かれたとのことですが、あらたな発見はありましたか。

「川の周辺で生きている様々な人たち、シングルマザーの人、『誘拐結婚』で結婚をした人、遊牧民の一家。それぞれの人生を見ることができましたが、それらは静かに流れている川沿いに広がるくらしの一部でしかなく、『誘拐結婚』で結婚をした女性たちの日々も淡々と流れ去っていくように、自分の人生も含め時間が経てば当たり前のように過ぎ去っていくものだと感じました。

同じ川でも場所によって川幅や流れ方、色など、いろいろな川の表情があります。川の近くに住んでいながらインフラが整っていないため、家まで勝手に水路を引くところや、馬を連れて水を汲みに行く人たちも。とても貴重なものとしてあつかう、水との関わり方の違いも感じました」。

会場に置かれているタブロイド 。写真も多数掲載され、会場で感じたことを自宅でも。

ーナリン川の上流から下流へと展示されているようですね。

「(会場に置かれているタブロイドを広げ)ここにも書いていますが、世紀の終わりにはキルギスにある氷河の90%がなくなるだろうと予想されていて、上流でのカナダ企業による金の採掘が氷河の上から行われていることで、さらに溶けていっていると言われています。そのためかナリン川のはじまりであるペトロフ氷河は、厳しく立ち入り禁止とされていて、私も行くことができませんでした。
人が入ってはいけないという場所からこの川がはじまり、ウズベキスタンに入りカラダリヤ川と合流してシルダリヤ川となり、乾ききったアラル海へと流れていきます。
独立している壁面(ギャラリーに入って一番手前側の壁)は別になりますが、大きいサイズの写真では上流から下流への川の流れを追っていて、ギャラリーの中心に立つと、川の世界の中に自分がいるように感じてもらえればと思っています」。

こちらが他の壁面の展示作品と独立している壁面(ギャラリーに入って一番手前側の壁)

万年雪を抱いた山々の氷河から流れてくる川の流れとともに育まれてきた生命と、魅力的なキルギスの文化。長年変わらないはずだったものが、地球の温暖化や生活スタイルの変化などで、その先の未来はどうなっていくかは分からない。まるで自分とは別の世界のように思っていた自然とのバランスや、ローカルでシンプルな生き方の大切さについて考えさせられます。
時の流れのように過ぎゆく川の流れに沿って切り撮られた人々の営み。ぜひ会場へ足をお運びください!

羊毛で作られたキルギスのシルダックというフェルトの絨毯が床に飾られています。
山から流れてくる川などの 『水』に関連したモチーフが入れられたもの。
元来、遊牧民族であった彼らが自然の恩恵を受けながら生きてきた、生活にかかせない水への思いが込められたモチーフの絨毯を会場に、と作ってもらったとお聞きしました。

【林 典子 写真展「If apricot trees begin to bloom」】
会場:ニコンプラザ新宿 THE GALLERY(日曜休館)
会期:2020年1月6日(月)~1月27日(月)
10:30〜18:30(最終日15:00まで)

【林 典子 写真展「If apricot trees begin to bloom」】
会場:ニコンプラザ大阪 THE GALLERY(日曜休館)
会期:2020年2月27日(木) 〜 2020年3月11日(水) 
10:30〜18:30(最終日15:00まで)

【林 典子 トークイベント】
2020年2月29日(土)15:00~ ニコンプラザ大阪 THE GALLERY

https://www.nikon-image.com/activity/exhibition/thegallery/events/201706/20200106.html

林さんのWebサイト
http://norikohayashi.jp/