土橋 悟 写真展「見えない大切なもの」

レポート / 2020年8月1日

~主題を突き詰めた先に見出される、ノスタルジー~

会場にて、土橋さん。

東京芸術大学で彫刻を専門に学び、約35年間、美術教諭として公立中学校で教鞭を執られてきた土橋さん。写真だけではなく、彫刻、絵画など、多岐に渡る芸術分野への造詣の深さが、展示作品の独自性へと繋がっています。土橋さんの作品は、あえて全てを見せないことで、見る側に想像する余地を残しています。また、余地があるからこそ、見る側は好奇心を掻き立てられるとともに、作品の世界観に自身を重ね合わせます。

――もともとは彫刻や絵画を専門に学ばれていたとのことですが、その中で得た経験は写真でも活かされているのでしょうか。

そうですね。私の作品表現はミニマル・アートに近いのですが、これは彫刻や絵画の世界でもよくある主流な表現技法の一つです。ミニマル・アートとは、可能な限り無駄な表現を排除し、突き詰めた先にある単純化された作品性を見せる表現です。例えば、画家の東山魁夷の作品にもミニマル・アートの概念が見て取れると思います。東山作品の構図や色使いはシンプルで、だからこそ主題が際立つ。主題を強調することで作品が強くなるのです。そのような視点は、彫刻制作の中でも重要な視点です。

東山魁夷が描いた、御射鹿池を撮影されたとのこと。

――ミニマル・アートの視点が、作品制作の土台となっているのですね。それは展示テーマである「見えない大切なもの」にも繋がるのでしょうか。

ピアニストのアファナシエフの言葉の「ノスタルジーは最も高貴な感情である」。人間は様々な経験により、多くの場面を記憶しています。そういった記憶の数々は、普段は心の奥底に仕舞い込んでいるものですが、私自身も歳を重ねたこともあり、風景を見た時にこの景色はどこかで見たことがあったな、懐かしいな、と思うことが度々あります。そのような感情は、何物にも代えがたいものです。写真に写ってはいないけれども、その裏に潜むノスタルジー、それこそ私が表現したい部分です。そして、それは余計なものが写り込んでいるとなかなか見えてきません。だからこそ極力無駄な部分を取り除き、単純化することで、見た人の感情が作品に映し出される余地を作りたいのです。

キャプションには、それぞれの作品に対する土橋さんの考察が詳細に記載されています。シャッターを切った時の気持ちを思い返しながら、当時の想いを書き出す作業も楽しみの一つとのこと。

――見る人がいて初めて完成する展示なのですね!作品制作の中で迷いが生じることなどはありましたか。

ミニマル・アートのように単純化を突き詰めていくと、マンネリ化してくることがよくあります。面白味に欠けるので、作風に広がりをもたせる必要があり、作品の幅を広げるためには、自身の想定を超える写真を撮ることが重要。本展の中でそれが顕著なのは、「釣り」と題した作品です。八千穂レイクという人工池を撮影したもので、当時雨が降っていて霧もかかっていました。撮影には適さない天候ではありますが、そんな固定概念を覆したのがこの1枚です。濃い霧によって鮮明に見えないからこそ、見る人は想像力を働かせます。見る人それぞれの感性で補完することで、完成する1枚なのです。

――今後取り組みたいテーマについて教えてください。

次は、壁や板壁などのような素材を被写体とした作品を制作したいと考えています。これらは日光が当たると下から変色していくのですが、そういった経年劣化による色合いの変化は、私が見せたいテーマの方向性に即していると思います。加えて、SDGSの視点を取り入れたいという想いもあります。自然を撮影している中で、いかに自然と共存していくのかは切実な問題です。自然環境は悪化の一途をたどっていますが、普段の生活の中ではなかなか意識にのぼらない。だからこそ、私の写真でそこに一石を投じたい。それも写真が持つ意義の一つだと思っています。

無駄な要素を突き詰めて排し、主題がストレートに伝わる土橋さんの作品だからこそ、自身の感情だけと向き合う心地のよいひと時が得られます。ぜひ会場へ足をお運びください。

ステートメント

【土橋 悟 写真展「見えない大切なもの」】
会場:ピクトリコ ショップ&ギャラリー表参道(GALLERY-1)
会期:2020年7月29日(水) 〜 2020年8月2日(日)
11:00〜19:00(日曜日のみ17:00まで)