小山 幸佑 写真展「私たちが正しい場所に、花は咲かない」

レポート / 2020年8月6日

~可視化されない壁にアプローチする、写真がもたらす想像力~

日本写真芸術専門学校を卒業後、大手新聞社系出版社所属のフォトグラファーとして勤務する一方、コンスタントに作品制作にも取り組んできた、写真家の小山さん。2020年に独立し、現在は日本の人々と社会についてのプロジェクト「石に話すことを教える」並びに、本展のプロジェクトである「私たちが正しい場所に、花は咲かない」を制作されています。本展では、2018年から翌年の2019年に、イスラエル並びにパレスチナ自治区を訪れ、ひとつの土地をめぐり争う人々を、双方の視点から記録した作品を展示しています。イスラエルやパレスチナを題材とした写真では、両者による武力衝突の瞬間や、パレスチナ人への凄惨な迫害の場面を切り取ったものなどが王道だと思われます。ですが、小山さんのアプローチはそれらとは異なり、美しい菜の花が印象的なイスラエルの風景や、現地の人々とその営みに焦点を当てた作品が並びます。彼らの視線はいずれも温かく、私の目にはどこか新鮮に映りました。それは私の中に存在する、イスラエルという国に対する固定概念に気付かされた瞬間でもありました。

――イスラエルやパレスチナを撮影されるようになったきっかけを教えてください。

イスラエルという国を初めて意識したのは、凄惨なニュースの映像を見た時です。その映像からは、イスラエルという国の漠然とした危険性は伝わってきましたが、それだけでは実情が全然見えてこなくて。自身で調べてみて、世界三大宗教の聖地である「エルサレム」があること、長い歴史の中でイスラエルの肥沃な地をめぐり、支配者が幾度となく変わっていることなど、複雑な歴史を知りました。実際にそこで暮らしている人たちはどういう生活を送り、何を考えているのかということを知りたいとも思いました。そこで現地に行き、エルサレムを拠点に様々なところを歩きまわりました。パレスチナとの間には分離壁と呼ばれる巨大な壁がそびえ立っていますが、観光客は自由に出入りできます。カメラを持ってフラフラと歩いている日本人がいるとやはり珍しく感じるようで、向こうから話しかけてくれることもよくありました。

イスラエルはとても小さな国で、その面積は日本の東北地方ほどだそう!

――現地の方々は、結構気さくなのですね!

そうなんです!「日本人?」と声をかけてくれて、「うちでコーヒー飲んでいかない?」と誘われたこともあります。

コーヒーを振舞ってくれたイスラエルの男性。アラブコーヒーには、カルダモンというスパイスが入っているのだとか。現地で愛飲されているコーヒーの味、とても気になります!

パレスチナでも同じです。パレスチナの人の多くは、大きな水筒にアラブコーヒーを入れて持ち歩いています。道端で出会った人から「コーヒー飲む?」って気軽に話しかけられたこともあります。ユダヤ人も、アラブ人も、オープンマインドで、平穏な生活を愛する穏やかな人々だなという印象を受けました。とても国際的な問題の渦中にある人たちのようには見えません。パレスチナ側の視点から、彼らを被害者という切り口で扱う、文献や写真が多い印象がありますが、実際に現地でイスラエルの人々に接してみて、いわゆる「パレスチナに対して迫害を行っている加害者」というイメージとはかけ離れた印象を受けました。そのギャップがとても不思議に感じ、どちらの側にも属さない第三者の立場から、この地域の現状を写してみたいと思いました。

――では、実際に現地の方々と交流されてみていかがでしたか?

例えば、僕が泊まっていたホテルのすぐ近くに住んでいる女性がとても良くしてくれて、何度か家にもお邪魔しました。大きなレモンの木がある素敵な庭もあって、ある時、彼女お手製のレモネードを飲みながら3時間くらいお喋りしました。その中で、パレスチナについてどう思っているのか聞いてみたのです。すると、「私はユダヤ人で、イスラエルで生まれ育ったから、私の立場側からの意見しか言えない。でも、真実は立場によって変わる。あなたは日本人だから、どちらにも行けるし、どちらの考えも聞くことができるでしょ。あなたの立場からあなたが見るものがあなたの真実。それを写せばいい」と言ってくれました。彼女のその言葉を聞いて、この作品のテーマ自体もしかしたらそれなんじゃないか、と思うに至りました。

――現地の方々の生の声や、素の表情を引き出すことは、難しい点もあったのではないですか?

良い写真を撮りたいという思いはいつもどこかで抱えていますが、それがあまり前面に出ないように気を付けていました。そういった思いは相手に伝わりやすく、写真を撮りに来ただけだなと思われてしまいます。ジャーナリストは平和な時期にはあまり来ないけれども、ドンパチが始まるとたくさん来るという話も聞きました。その中で、必要以上にセンセーショナルな絵を求められた経験なども、あったのかもしれません。なので、自分のイメージを相手に押し付けるのではなく、出来るだけ自然な姿を写すように意識しています。

――ユダヤ人の方とアラブ人の方が混在して並べられている展示構成も印象的ですね。

最初は、前半イスラエル、後半パレスチナとした方が分かりやすいかなと思っていました。ですが、分けて展示することは、イスラエルの分断の象徴でもある壁を連想しますし、展示で伝えたいこととそぐわないと思ったので、ごちゃ混ぜで展示しました。

もともとは写っている人の名前や、何をしている人なのかなど、詳細を記載したキャプションも付けていたそう。そういった情報がないことで、先入観を持つことなく、被写体そのものに思いを巡らせることが出来るようにも感じました。

――今回の展示タイトルは、イスラエルの国民的詩人・イェフダ・アミハイ氏の「エルサレムの詩」より、詩の題名を引用されたのですね。

そうなんです。イスラエルへ行く前、情報収集をしていた中で見つけた詩。良い詩だなとずっと心に残っていて、現地の方々と交流する中で、詩の内容が作品として見せたい部分と繋がったので拝借しました。僕の解釈としては、自分が正しいと主張し、意固地になって踏ん張っているその足元の地面は踏み固められてしまう。その固くなった地面には、花は咲きませんということではないかと考えています。

From the place where we are right
私たちが正しい場所に 
Flowers will never grow
花は咲かない 
In the spring. 
春になっても 
The place where we are right
私たちが正しい場所は
Is hard and trampled
踏み固められて固い
Like a yard.
庭のように 

(イェフダ・アミハイ「エルサレムの詩」より一部引用)

――こちらは、詩の内容を踏まえた写真なのですね。

その通りです。撮影時の3月は、ちょうど菜の花が満開で。他にも、いたるところに大きなミモザの木があり、黄色い花が咲き乱れていました。大半の人は、イスラエルに対してもっと荒廃したイメージを持っているのではないかと思いますが、実際はいたるところに色とりどりの花が咲く美しい国です。

――詩からは、イスラエルが抱える二項対立的な問題も見えてきますね。

そのことは現地でも強く実感し、例えば、パレスチナのタクシードライバーの男性との出来事が心に残っています。公共交通機関である、バスが発達しているイスラエルとは違って、パレスチナは車がないと移動もできません。なので、撮影の度に車をお願いしています。彼とパレスチナの街をまわる中で、もともとは学校だった場所が、今はイスラエル政府が管理する軍の施設になっていたり、パレスチナ自治区の中に突如イスラエルの国旗が立っている、という光景を目にすることが多々ありました。ある時、それを見てどう感じるのか、彼に聞いてみたのです。僕は、怒りが湧いてくるとか、憎いと言うのかなと予想していましたが、彼は「悲しい」と言いました。その一言は、イスラエルに抵抗しても恐らく敵わない、けれど諦めるわけにもいかない、というパレスチナの人たちの複雑な心情を表しているように感じました。

撮影の相棒である、タクシードライバーの男性。初対面の時はぼったくりな運賃を請求され、1時間くらい車の中で問答したのだそう(笑)車の中で会話を交わしていくうちに、家族を紹介してくれるまでの仲になったとのこと。

パレスチナからイスラエルへ入る際の検問所でも、印象的な出来事がありました。そこには銃を持った国防軍の兵士が待機していて、バスが到着すると、乗客一人ひとりの顔を見てユダヤ人かどうかを確認します。僕のような日本人など珍しい人がいると、パスポートを確認して、ようこそと笑顔で言ってくれます。でも、パレスチナの人がいると、出ていけとすごい形相で外を指さすのです。普段はとても親切な人たちなのに、相手がパレスチナの人だと分かると人が変わります。それはパレスチナの人も同じで、イスラエルの人に対する恐怖心や憎しみがあるのだと思います。「ユダヤ人は本当に怖いやつらだから、エルサレムに滞在しているなんて気をつけろよ」とも言われました。一見すると、穏やかな生活が広がっているようで、内情はとても複雑なのです。

――そういった問題はイスラエルに限ったことではなく、私たちの日常にも潜んでいるのでしょうね。

本当にそう思います。写真家としては、どちらの味方をするとか、どちらの政治的主張を自分の写真に押し込めるといったことではなく、写真が持つ、想像力を掻き立てる力を発揮していきたい。二項対立によってどちらが正しいということを主張するのではなく、相手にも人格や家族、生活があって、または歴史的、宗教的、思想的、文化的な背景があって、その立場の上での主張であるということに、お互いに想像を巡らせることがとても大切だと思うのです。

――最後に今後の作品制作について教えてください。

コロナ感染症が終息したら、再度イスラエルに行き、本展のテーマをより深く掘り下げていきたいと思います。また、自身の作品の重要なモチーフである「壁」を活かし、何か出来ないかとも考えています。アイデアは尽きません!

本展には、2つの「壁」が存在します。1つは、イスラエルとパレスチナを隔てる分離壁。これは物理的な分断を意味します。もう1つの「壁」は、両者の社会的思想やアイデンティティに基づく、可視化されない「壁」。こちらは少々やっかいで、どちらの側に立つかで意味合いが異なり、その両方が正しく、そして間違っています。それを取り払う手段こそ、本展が提示している写真が持つ力ではないかと思うのです。小山さんの作品には、被写体であるイスラエルとパレスチナの人々の人生、彼らが抱える想いなど、写真に入りきらない部分までをも想像させる力があります。だからこそ、当事者ではない私たちも、二項対立的なイスラエルの現状に想いを馳せることが出来るのです。

またこの問題は、決して海の向こうの話ではありません。私たちの日常にも、見えにくい「壁」が存在しています。それは、偏見や差別意識、はたまた意図せず発した言葉や態度で誰かを傷つけていることかもしれません。それらが存在しない社会が最良であることは言うまでもありませんが、その存在に気付かず、無自覚で誰かを傷つけてしまうくらいならば、一度受け止め、思いを巡らせる必要があると思います。そのような気づきを与えてくれるのも、やはり写真がもたらす想像力です。ご自身の目で見て、そこから何を感じるのか確かめてみてください!

ステートメント。

※銀座ニコンサロンでは、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、マスクの着用と備え付けの消毒液による入館前の手指の消毒、検温が実施されております。また、混雑緩和のため入館制限を実施させていただく場合もございますので、余裕をもってお出かけください。

【小山 幸佑 写真展「私たちが正しい場所に、花は咲かない」】
会場:銀座ニコンサロン
会期:2020年7月29日(水) 〜 2020年8月8日(土)(日曜休館)
10:30〜18:30(最終日は15:00まで)

【小山 幸佑 写真展「私たちが正しい場所に、花は咲かない」】
会場:大阪ニコンサロン
会期:2020年8月27日(木) 〜 2020年9月2日(水)(日曜休館)
10:30〜18:30(最終日は15:00まで)
https://www.nikon-image.com/activity/exhibition/salon/events/201706/20200729.html

小山さんWEBサイト
https://www.kosukekoyamaphotos.com/