~アイデンティティと作品との距離がもたらす、写真表現の一つの解~
2013年からサードディストリクトギャラリーの運営メンバーとして活動され、精力的に個展を開催されている写真家の林さん。同ギャラリーにおいては、第17回目の個展にあたります。
作品の中に漂う断片的な光に導かれるように眺めていくと、林さんの視線の先に存在する日常の光景の数々が自然と目に映り込みます。いずれもどこか既視感があるものばかりで、そこからは林さんと写真を撮るという行為とが、いかに密接な関係にあるのかということが見出されます。息をするように写真を撮る、そんな静かな熱量が感じられるとともに、林さんが切り取る世界と自身とが共鳴するような心地の良い瞬間がそこにはありました。
――本展のタイトル「フラグメントライト」には、「断片的な光」という意味がありますね。その光を追う中で、林さんの日常が垣間見えますし、写真との距離の近さが印象的に感じました。
被写体はいつも自分がいる場所。日常なんてほぼ毎日同じ事の繰り返しなので、特に目新しい何かはありませんが、撮った写真を見直すと今までの経験や見てきたものが反映されていると感じます。以前まではそれが特に顕著で、視線を向ける対象の背景には、自身の潜在意識下の感情が見え隠れしていました。
――林さんが視線を向ける対象とは具体的にどんなものですか?
例えば、人の皮膚や傷。私の左腕には、思春期の頃に自らつけた無数の切り傷があるので、やはり同じく傷を持っている人のことは気になります。人の視線は案外単純なもので、靴が欲しい時には靴に目が行くし、日々意識している事がダイレクトに視線へと繋がっているのだと思います。私の視線には、個人的なコンプレックスや罪悪感が常に含まれていて、左腕が私にとっての抑圧の象徴だからこそ、他者の皮膚へと視線を向けてしまうのです。
――林さんの視線には、ご自身の存在が色濃く影響を与えているのですね。
そうですね。私の視線が作品へと繋がっているからこそ、写真と自分自身のどちらを見せたいのだろうかという葛藤が常にありました。また、以前までは、展示作品を選ぶ際に「自分らしさ」を最も重視していて、会場に並んだ作品を眺めながら、「これが私の世界!」とドヤ顔をしていました。嫌な奴だったなと思い、反省中です(笑)
――本展では、今までの心境から変化はありましたか?
自分が撮った写真であるはずなのに、まるで他人の事のような気持ちになりました。コロナの影響で外出する機会が減り、普段以上に目新しさのない作品に仕上がったからこそ、選ぶ時に自身が介入する余地もなかったのではないかと思います。
――「自分らしさ」が作品に表れる瞬間は、撮影時ではなく選ぶ時なのでしょうか?
私の場合は選ぶ時ですね。撮影時は自由に撮っていますが、選ぶ時は自身の意図や気持ちが前面に出てきます。今まで、必要以上に感情移入をしてしまい、悩み、苦しみ、それこそ泣きながら展示構成を考えていました(笑)その葛藤こそが写真と向き合うということだと思っていて、今回、素直な気持ちで淡々と写真を選べたのは、自分らしさが消えてしまったからではないかという焦りもありました。
でも実際そうではなくて、自身と写真とに距離が出来たことで、素直な気持ちが生まれたのではないかと気が付きました。自分という人間を写真で出そうとしていたからこそ、思い描く写真が撮れないと苦しいですし、自分らしいかどうかを軸としたセレクトにこだわっていました。
――特に印象に残っている作品を教えてください。
これはまさに変化が表れた1枚!今までであれば展示で選ばなかったと思いますが、「自分らしさ」というフィルターが外れたからこそ、今回は選ぶことが出来ました。
あと、この作品は1番のお気に入り。このような光の形を撮影したかったので、撮れた時は本当に嬉しかった!だからDMの写真になるといいなと思っていましたが、残念ながら別の写真が採用されました(笑)
「なぜ写真を撮るのか」それは写真で何かを表現する者にとって、切っても切り離せないテーマです。本展では、撮影対象に自身の内面性を重ねることによる迷いや葛藤、その意識からの脱却のプロセス、そして、その先に林さんが見出した一つの解が提示されています。ぜひ会場へ足をお運びください!
【林 朋奈 写真展「フラグメントライト」】
会場:サードディストリクトギャラリー
会期:2020年8月18日(火) 〜 2020年8月30日(日)
13:00〜20:00
公式ホームページ http://www.3rddg.com/exhibition/2020.8.18/hayashi_tomona.html