成瀬 夢 作品展「三日月プリマ」

レポート / 2020年8月31日

~相反する少女像が魅せる、踊りへの衝動~

会場にて、成瀬さん。

日本写真映像専門学校に在学し、4歳から15年以上続けているクラシックバレエを約5年間にわたり撮影している成瀬さん。第65回全国展フォトコンテストでは、学生の部から初の内閣総理大臣賞受賞に輝くなど、各種フォトコンテストにて優秀な成績を収めています。

本展では、バレエに打ち込む少女たちの姿を切り取っています。そこには、舞台の上で眩い存在感を放つ魅惑的な姿と、10代の女の子らしい親しみを感じさせる素の姿という、相反する2つの少女像が写し出されています。その背景には、撮影者の存在を感じさせない、被写体の日常に寄り添った巧みなカメラワークがあります。そして、自身もバレエに魅せられた一人だからこそ写し出せる、その本質が、作品を通して浮かび上がってきます。

――写真を始められたきっかけについて教えてください。

中学3年生の時、当時所属していた美術部の合宿で植田正治写真美術館のフォトスクールに参加したことがきっかけです。そこで撮影した写真が美術館主宰のコンテストに入賞し、それから本格的に写真を始めました。

――その中で、バレエの撮影を始められたきっかけが気になります。

毎日カメラを持ち歩くようになり、自然とバレエの練習風景も撮影するようになりました。バレエを撮影した作品を初めて出展したのは、関西御苗場。そこで写真家のテラウチマサト先生に作品を見ていただく機会があり、「ずっと撮り続けた方がいいよ」とアドバイスをいただきました。それ以降、バレエを撮り続けています。

――作品制作の根底には15年間のバレエ経験が活きているのでしょうね。それは成瀬さんの強みであるとともに、独自の視点にも繋がっていると思います。

そうですね。切り取るべき瞬間や、被写体が踊りで最も見せたい部分など、バレエ経験者だからこそ見えてくる部分はあると思います。

例えば、リハーサル風景を切り取ったこちらの1枚には、本番を目前とした出演者たちの感情の機微が凝縮されています。というのも、リハーサルに割ける時間は10分程度。その限られた時間の中で、多くの出演者が一斉に振付や立ち位置などの最終確認を行うのです。

こちらはバレエの本質をよく表した1枚。一見涼しげな表情ですが、このように上半身の姿勢を美しく保ったまま足を引き上げるポーズは相当苦しい。それは、首元の大量の汗からも見て取れます。バレエでは、どんなに苦しくてもそれを見る人に悟られてはいけないので、彼女も内心ではかなり苦しいと思いますが、それを表情からは微塵も感じさせないのです。

――本展では、こちらの女性を中心に撮影されていますね。

彼女は私の1番の友人で、よく一緒にふざけ合ったりもするのですが、舞台に立つと別人のような表情になるところが印象的です。彼女が舞台にかける想いは私の目には眩しく、日常生活の全てをバレエに注いでいるからこそ、お風呂でストレッチをしている姿でさえ美しく感じます。バレエを続けるということは決して楽しいだけではなく、大変なことや我慢の連続でもありますが、彼女はいつも楽しそうに輝いて見えるところが本当に魅力的!そんな姿を作品で写し出したいと思いました。

――展示構成も印象的です。日常風景から始まり、舞台までの流れを追えるようになっていることで、より日常と舞台とのギャップや、バレエが生活の主軸であるということが見出されますね。

最初は、練習風景の作品と舞台の作品とで分けて展示しようかと考えていました。しかし、そうすると二部構成になってしまいます。また、日常と舞台とが合わさってこそ、彼女たちとバレエとの関係性が表現できるのではないかという思いもあり、本展の展示構成に落ち着きました。

日常風景から舞台へ、そしてまた日常へと流れる本展の構成は、タイトルの「三日月」にも繋がります。「三日月」からは、「月の満ち欠け」や「まわる」といった意味も連想できるので、彼女たちが舞台に向けて練習を積み重ね、その舞台が終わってもまた次の舞台に向けての練習が始まるという一連の流れをそこに重ねています。

――「光」の表現の多彩さも見どころですね。舞台照明の色合いと、日常の温かな自然光との対比に目を奪われます!

舞台における「光」は、やはり非常に重要です。例えば、舞台袖と舞台上では照明が異なるので、カメラを覗き込みながら瞬時に設定を変えていました。また、練習風景の撮影に関しては、こちらの教室は自然光がふんだんに差し込む特性があるので、その光の扱いにも注意を払っていました。

――会場中央のタペストリーも大迫力ですね!

舞台袖で待機している時の気持ちを込めています。本番に向けての緊張感や、これまでの練習を思い返し、頭の先から足の指先まで意識を巡らせる感覚などを表しています。

こちらはスタジオで撮影されたのだそう。被写体が手に持つ布は、舞台への想いを表現されているとのことです!

布の奥にいる被写体の背後から照明を当てることで、作品には女性のシルエットだけが写し出されています。想像力を搔き立てられる魅力があります!

――「なぜ、彼女たちは踊るのか」が、本展のテーマとのことですが、バレエとの関係性が「踊る」を経て「撮る」ことへと変化した成瀬さんだからこそ、感じられたこともあったのではないでしょうか?

踊りとしてバレエと向き合っていた時は、練習はしんどく、辛いなと感じる瞬間が多々ありました。だからこそ、遊びや食事など制限も多い中、彼女たちが毎日楽しそうに踊っていることが不思議で仕方なかった。でも、バレエが撮影対象に変わった時、彼女たちにとって朝から晩までバレエに打ち込むことは、「努力」ではなく「日常」なのだと気が付きました。その中で、疲れた、痛いといった負の感情もあるとは思うのですが、それも含めて楽しんでいます。唯一、寂しそうに見えたのは、舞台が終わった時。一旦その演目が終了すると、もうその踊りを踊ることはしばらく出来ないので、そこに寂しさを感じているのだと思います。

そして、これらの気持ちの変化は、写真を始めたことが大きいと思います。バレエを踊っていた時と異なるところは、どんなに辛くても撮ることをやめられないこと。写真を一生続けていきたいと思った時、はじめて彼女たちの気持ちが本当の意味で理解できました。

――最後に、今後の作品制作への展望を教えてください。

新たな取り組みとしては、海外のバレエ団を撮影してみたいと考えています。海外のバレエダンサーは、日本以上に生まれた時からバレエ漬け。その中で生じる価値観の違いに興味があります。また、プロのバレエ団は1か月間毎日公演があり、日常におけるバレエへの捉え方などもまた異なると思うので、そういった部分も写しとってみたいです。

被写体の少女たちを突き動かす、踊らずにはいられない「衝動」。それは、バレエが課す幾重もの制約をも苦とさせず、その先に存在する芸術性や、踊ることへの純粋な喜びを感じさせ続けるものだと思います。その「衝動」は、写真を撮るという行為に魅せられた、成瀬さんご自身にも通じます。それらの感情の機微を、ぜひ会場で体感してみてください!

※ソニーイメージングギャラリー 銀座では、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、マスクの着用と備え付けの消毒液による、入館前の手指の消毒が実施されております。また、混雑緩和のため入館制限を実施させていただく場合もございますので、余裕をもってお出かけください。

【成瀬 夢 作品展「三日月プリマ」】
会場: ソニーイメージングギャラリー 銀座
会期:2020年8月21日(金) 〜 2020年9月3日(木)
11:00〜18:00
公式ホームページ https://www.sony.co.jp/united/imaging/gallery/detail/200821/

成瀬 夢さん 公式ホームページ  https://yume8737.wixsite.com/dream
Instagram  https://www.instagram.com/pphoto_ddream/?hl=ja