~被写体に溶け込む記憶や変化を顕在化する、思考のプロセス~
photographers’ galleryの創設メンバーとして、ギャラリーの運営、展示会や写真講座の企画、機関誌や写真集の発行など、多岐にわたり活動されている、写真家の笹岡さん。2001年に同ギャラリーで個展開催以来、国内外問わず精力的に作品を発表し続けています。本展「SHORELINE」はシリーズとして、2015年から同ギャラリーにて個展を開催されており、今回で8回目の展示です。
本展は、photographers’ gallery 、KULA PHOTO GALLERYの向かい合う2室で構成されています。photographers’ galleryでは、東日本大震災の被災地域も含めた日本各地の山や川、海などの地勢を撮影した作品、KULA PHOTO GALLERYでは、岩手、宮城、福島の復興の過程で、追悼施設や祈念公園が建設されつつある様子を撮影した作品が展示されています。
いずれの作品も、被災地域の凄惨な光景や復興作業の様子など、震災を直接的に想起させる部分はありません。であるにも関わらず、作品を眺めるうちに、復興し再生していく過程へと、自然に思いを馳せていきます。また、作品の背後には、その土地が背負う歴史や記憶など、膨大な時の重みも感じられます。
――本展開催に至るまでの経緯を教えてください。
活動初期から、日本各地の海岸線や火山など、地勢の撮影を重ねてきました。というのも、地勢に刻まれた変化の過程を撮影することで、その土地の過去や、現在への変遷を見出すことが出来るからです。また、その活動とは別に、出身地である広島の平和記念公園とその周辺の撮影を2001年から行い、2009年に写真集『PARK CITY』を出版し、現在も継続的に撮影しています。
それらの活動に取り組む中で、東日本大震災が起こりました。地震や津波、東京電力福島第一原子力発電所事故などの被害による地勢の変化は、自身が取り組んできた作品制作に繋がる部分があるとともに、撮影への意識を見直す必要性を感じさせました。作品として発表するかは未定でしたが、ひとまず自身の目で現状を見てみようと思い、震災から1ヶ月後の4月に釜石市へ向かい、撮影を始めました。
約1年後、被災地の復興を目的とした、ニコンサロン主宰の連続企画展「Remembrance3.11」で作品を発表する運びとなり、企画展開催に合わせて、「Remembrance」という冊子の発行も行いました。
――「Remembrance」には、「思い出し続ける」「記憶」といった意味合いがありますね。
時が経っても残るものを作りたいという思いがありました。展示はいつか終わってしまいますが、冊子であれば記録として残りますし、また別の場所や人へと届けることも出来ます。この冊子の制作自体が、撮影を続ける動機やモチベーションにも繋がっていたと思います。
――「Remembrance」の発行を通し、作品制作にも変化はありましたか?
41号を発行した2013年当時は、津波被害などの復興はある程度進み、それに伴い、除染作業が始まった頃でした。それ以前は、撮影の中で人を見かけることはほとんどありませんでしたが、この頃になってようやく、人の姿がちらほらと見え始めてきました。なので「Remembrance」シリーズは、41号で一旦終了しています。
三陸沿岸地域をはじめとする、海の記憶が残る地域を訪れるうちに、東日本大震災の被災地域に限定せず、もっと普遍的なところも撮影したいという思いが生じました。そこで新たに、「海岸線」という意味のある「SHORELINE」という冊子の制作に着手し始めました。
――本展では、被災地域に追悼施設や祈念公園が建設されつつある変化をとらえた作品も展示されていますね。
土地の造成や復興が進み、そこに追悼施設などが出来始めています。津波に備え、沿岸には避難丘や高台を作っているのですが、それを拡大し追悼公園としている場所が多くありますし、被災した庁舎や学校などの遺構を保存し、資料館などの形で残す動きもあります。広島平和記念公園の撮影を続けている経緯もあり、大きな災害の起こった場所が公園になるというある共通項を、この一連の流れから見出しました。
広島の平和記念公園は私が生まれた時にはもう存在していたので、建設されるまでの過程を見ることは出来ませんでした。だからこそ、東北でその過程を追えるかもしれないということは、私の作品制作において大きな意味を持ちます。そこで、『SHORELINE』シリーズとは切り離し、新たに『Park』という冊子の発行も始めました。これらの施設建設はまだ始まったばかり、今後の動向にも注目していきたいです。
――本作品や、広島平和記念公園とその周辺を撮影された作品群「PARK CITY」をはじめとする他作品の構図においても、被写体と撮影者である笹岡さんとの「距離感」を印象的に感じます。
まず、「PARK CITY」に関して、私は広島出身ではありますが、そこで暮らしているわけではないので何度も通って撮影を行いました。それは東北の被災地域や、その他に関しても同様です。撮影地に住み込み、現地の人々と関係性を築いて撮影するというスタイルではなく、あくまでも自身は旅行者であるという立場は崩さず、客観的な視点での撮影を心がけています。現地の人々に様々な話をお聞きしたとしても、その本質を簡単に理解することはできないと思うのです。
また、外部からの視点だからこそ見えることもあると思います。写真というメディアは、被写体と距離を保ち、その対象を冷静に見つめることができます。安易な理解や共感に陥ることなく、分かりにくさをそのままに提示するということに、私は重きを置いています。
被写体である撮影地や、現地の人々のことをもっと知りたいと思った時、想像することは大切なことです。ただし、想像と実際とは完全には一致し得ないと知っていなければならない。こちら側に都合よく被写体を引き寄せ、自身の思惑へ誘導するといったことはしないよう気をつけています。その意識が、被写体との「距離感」にも繋がっているのではないかと思います。
本展で扱うテーマは、変化の渦中にあるものです。その過程を写真に収める作業はなかなかの力業ですが、それを可能にしているのは、長期的な活動で培った透徹した思考のプロセスにほかなりません。何度も現地に通い、撮影を重ね、発表し、冊子として記録していく。その作業の積み重ねは、自身と被写体との向き合い方を明確化し、また、作品の背後に流れる膨大な時の重みをも感じさせます。
それは被災地域だけではなく、山や川、海岸線など、自然と人間とが交わる境界線を撮影し続け、その土地に由来する記憶や歴史までをも作品に収めてきた笹岡さんだからこそ、写し出せる部分だと思うのです。ぜひ会場で、作品をお楽しみ下さい!
【笹岡 啓子 写真展「SHORELINE」】
会場:photographers’ gallery
会期:2020年9月5日(土) 〜 2020年9月25日(金)
12:00-20:00
https://pg-web.net/exhibition/keiko-sasaoka-shoreline-8/
笹岡さん WEBサイト https://keikosasaoka.com/