地蔵 ゆかり 写真展「祭堂 ZAIDO 日本・原風景への旅」

レポート / 2020年9月17日

~1300年間の人々の想いの継承から見出される、今を生き抜く力~

音大卒業後、作曲家やプログラマー、インストラクターなど、様々な仕事を経験した後、現在は写真家として活動されている、地蔵さん。世界各地で13回の個展や多数のグループ展を開催。それらの作品は、フランス国立図書館、アメリカのグリフィン美術館に収蔵されています。また、2016 年にSTEIDL Book Award Asiaで最優秀賞を受賞され、ドイツ・シュタイデル社から、本作品を収録した写真集「ZAIDO」を出版されました。

本展では、「祭堂(ざいどう)」と呼ばれる祭事を中心に、その土地の自然と、そこで暮らす人々の営みとが垣間見える作品が展示されています。人々が1300年もの長きにわたり、先祖代々懸命に守り、繋いできた「祭堂」。気が遠くなるような時の流れの中で積み重ねられてきた人々の想いは、被写体の輪郭を色濃く縁取り、作品で写し出されている以上のことを語りかけてきます。

建築家の山口誠さんが手掛けたMYD Galleryでは、「ギャラリー全体を一つの風景と見立て(中略)季節と共に変化し、 来廊者にとって“ある風景を経験する場所”として存在する」という理念に基づき、キュレーターの太田菜穂子さんが作品をセレクトされています。会場と作品とが見事に調和した静謐な空間が、作品と鑑賞者との心の距離を近づけます!

●「祭堂(ざいどう)」とは?

岩手県、青森県との県境に位置し、冬の寒い日には零下20度にもなる秋田県 鹿角市 八幡平の大日堂で、毎年1月2日に4つの集落から集まった能衆(のうしゅう)によって舞が奉納される祭事。1300年間、継承されてきたこの祭事は、古老からの言い伝えを元に再現され、能衆は舞楽を行なうために、厳しい精進潔斎を行うことが習わしとなっています。

水垢離(みずごり)の様子を撮影した1枚。精進潔斎の一つで、身も凍るような早朝に冷水を被り、自身の罪や穢れを洗い流し身を浄めます。現在では、一部の集落でしか行われていないのだそう。「猛吹雪だったのでカメラが曇ってしまい、どんな写真が撮れているのかも分からないような状態での撮影でした(笑)」と、地蔵さん。

――多種多様なお仕事を経験されていますが、その中で「写真」を生業としようと思われたきっかけを教えてください。

物心がつく前からクラシック音楽をやっていたので、私は音楽で生きていくのだろうなと漠然と思っていました。その予想通り、音大卒業後は作曲家の道に進み、楽曲制作に没頭する日々を送っていましたが、何か音楽以外のことにも挑戦したいと思い立ち、始めたのがパソコンでした。その延長線上で、プログラマーの仕事なども経験しました。そんな折、最愛の父の突然の死と、2度にわたる事故が私を襲いました。その後、事故による傷も癒え、日常生活に戻ろうとした矢先、今度は東北大震災が日本を襲いました。次々と訪れる悪夢のような現実に、身も心も完全に打ちのめされてしまいました。

そんな私を救い出したのは、夢の中の父でした。父との再会により、明日死んでしまうかもしれないからこそ、毎日を精一杯生きなければならないと改めて思い、新たな挑戦として写真を始めました。そして、父が昔暮らしていた雪深い村へ行くようにとの、夢の中の言葉に導かれ、秋田県 鹿角市の地を訪れました。

――そこで「祭堂」と出会われたのですね!初めて祭事をご覧になった時、どう感じられましたか?

新鮮な驚きがたくさんありました!金箔を施した面を身に付けた能衆によって舞われる、「五大尊舞(ごだいそんまい)」が特に有名なのですが、その面の顔は仏様なのです。神仏習合という概念を知らなかった私にとっては、なぜ神社の祭事で仏様の面を身に付けているのだろうというところから不思議でした。日本には、知らない文化がまだ数多くあるのだということに気付かされるとともに、「祭堂」を自分なりの視点で撮影し、作品として残していきたいと強く思いました。

五大尊舞の様子を切り取った1枚。臨場感がひしひしと伝わってきます!

――撮影を始められたのはいつからですか?

2012年です。それ以降、ほぼ毎年訪れています。祭事自体は半日ほどで終わりますが、その前後にも行事があるため、前後何日か滞在します。作品の大半は、最初の1〜2年に撮影したもの。というのも、最初の2年間は良い条件が見事に揃っていたのです。

例えば、本シリーズを象徴するこちらの1枚。ここまで雪が積もっていることは珍しく、また、ちょうど霧が出ていたことで、祭事の雰囲気がより色濃く写し出せました。それ以降も何度か撮影に挑戦しているのですが、ここまで条件が揃った状態は二度とありません。人知の及ばない大きな力によって、撮らされたような思いすら抱きました。

3年目以降の撮影では、村の人々と交流を深めたり、色々な文献で村の伝承を調べ、十和田など神話関連の地を訪れたりしました。写真集の制作が決まってからは、ストーリーを紡ぐという意図で心象的な作品の撮影も行いました。

こちらは、電線にとまるカラスたちを五線譜の音符に見立てた1枚。カラスには不吉なイメージもあると思いますが、三本足の八咫烏は、神話では天照大御神の使いだとされています。 大日堂はまさに天照大御神を祀った神社なので、この光景との出会いには不思議な縁を感じました!

――祭事とその土地のコミュニティとは、深く結びついているものだと思います。撮影の中で、現地の方々とはどう向き合われましたか?

やはりコミュニティの結束は強く、方言による言葉の壁もあり、最初は入りづらさを感じました。また、神事には女性が立ち入れないエリアもありますので、そういった点には注意していました。ですが、何度も通ううちにすっかり打ち解け、今では家族のような存在です!本当に温かな人ばかりで、撮影で訪れるたびに里帰りをしているような心地になります。

――「世界一美しい本をつくる」と称されるドイツのアート出版社であるシュタイデル社から、本作品を収録した写真集『ZAIDO』を出版されていますね!

2016 年にシンガポールで開催された STEIDL Book Award Asia で最優秀賞を受賞し、写真集の出版が決まりました。シュタイデル社へ4回足を運び、ゲルハルト・シュタイデルと共に編集作業や用紙の選択等の詳細な打ち合わせを行い、4年の歳月をかけて完成した1冊です。

本書は、オーケストラの各楽器がそれぞれのメロディーを奏でるように、全ての作品が相互に作用し合い、一つの音楽を作り上げていくようなイメージで制作しました。また、本書には多くの実験的な仕掛けもあります。

冒頭部分は薄く繊細な紙を使用し、霧が徐々に晴れて美しい風景が浮かび上がってくるようなイメージを表現されたとのこと。それはオーケストラの曲がフェードインするイメージとも重なります!

おみくじは、一つ一つ地蔵さんの手で折られたのだそう!そこからも、本書制作への熱い想いを感じます。

この美しい黒を再現するために、通常の2倍ほどインクを使用されているのだそうです!

――本展のシリーズ以外にも、北インドの「ロマ族」、ネパールの「インドラ・ジャトラ」など、少数民族の方々やその伝統文化などの撮影にも取り組まれていますね。現代社会におけるマイノリティという側面が、共通項として見出されますが、その撮影意図を教えてください。

自然と共存した生活を送る方々の営みや、築いてきた文化にとても興味があります。私たちが生きている世界には、自身とは異なる環境で生きている人々がいて、そこには、とても想像が及ばない異なる暮らしがあります。実際に現地へ行き、その現状を自身の目で見て、独自の視点で切り取り残したい。私の作品制作の根底には、この想いが常にあります。

――その手段として選んだメディアが「写真」であったということでしょうか?

写真だけにこだわりがある、というわけではありませんので、今後は他のメディアにも挑戦していきたいと思っております。ただ、どの分野においても、「ストーリーテリング」という概念の重要度が高まっていると思います。こと写真の分野においても、それは顕著です。数十年前であれば、写真家が現地へ出向き、撮影しなければ目にすることが出来なかった人々の暮らしも、今では彼ら自身がスマホで撮影し、SNSで世界中に発信することが出来ます。だからこそ、私たち写真家が作品を発表する意義も問い直されつつあると思うのです。

――その意識は、本展にも繋がっているように感じられます!

「祭堂」は、1300年もの長きにわたり続いている神事ですが、その長い歴史の中では、幾度となく存続の危機に瀕しました。度重なる火災により、その歴史を証す古文書や古仏のほとんどが焼失してしまったり、五大尊舞の面が盗難に遭い、神事が全て中断されてしまったこともあります。また、近年では少子化に伴い、世襲で受け継がれる能衆の継承が途絶えてしまうといった問題も生じています。

現在、一番大事な神様の役を務めている能衆の男性。厳しい精進潔斎の間は、夫婦は寝室を別にし、能衆の家での出産は避け、死亡した者の家へは行かず、獣の肉を食べてはいけない。「彼は新婚なので、奥さんからは結婚したばかりなのに「詐欺だ!」と怒られているのだとか(笑) 現代社会において精進潔斎を行うことは本当に大変です」と、地蔵さん。

困難の数々を乗り越え、この素晴らしき「祭堂」を伝承し続ける人々の郷土への愛と熱情には、心を打たれます。また、何度でも立ち上がり、自分たちの文化を守り続けようとする人々の姿は、コロナ禍を生きる私たちに勇気を与えてくれると思うのです。

現在、世界中の人々がコロナ感染症と戦っています。自身も含め、芸術に携わる人々においては、作品制作に制限が生じたり、発表の機会を奪われたりと、色々な意味で大変な時期であることは間違いありません。ですが、キルケゴールの言葉にもあるように、どんなに困難な状況下であっても、私たちは前を向いて生きていくしかないとも思うのです。

Life can only be understood backwards, but it must be lived forwards.
私たちは過去を見て物事を理解するけれども、生きるためには前を向くしかない。(Søren Kierkegaard)

優れた作品は、鑑賞者の想像力を刺激するとともに、その感情までをも増幅させます。本作品の背景に流れる、1300年という気が遠くなるような時の流れを、私たちがこの目で見ることは出来ません。であるにも関わらず、地蔵さんが切り取る作品からは、人々が守り繋いできたものが、作品越しに浮かび上がってくるように感じられるのです。

それは決して形だけの文化などではありません。土地に刻まれた記憶、そこで生きる人々の郷土への熱情、そういった血が通った想いが、作品には込められています。だからこそ、鑑賞者の心に深く入り込む光景が、そこにはあるのだと思います。ぜひ会場で、作品をお楽しみください!

※本展はアポイントメント制となりますので、お越しになる際には、事前のご予約をこちらより、お願いいたします。
9月の下記日程につきましては、 ご予約なしでご来廊頂けます。
10月以降の予定については、こちらから随時ご確認ください。

9/19 (土) 12:00~17:00(13:30~16:00 作家在廊予定)
9/26 (土) 12:00~17:00
9/27 (日) 11:30~14:30(作家在廊予定)

【地蔵 ゆかり 写真展「祭堂 ZAIDO 日本・原風景への旅」】
会場:MYD Gallery
会期:2020年9月11日(金) 〜 2020年12月12日(土)
12:00-19:00
https://www.mydgallery.jp/exhibition

WEBサイトは以下となります。
地蔵 ゆかり さん WEBサイト http://yukari.chikura.me/public/