下川 晋平 写真展「Neon Calligraphy」

レポート / 2020年9月28日

~煌めく文字の軌跡から垣間見える、中東諸国の新たな1面~

会場にて、下川さん。

中東地域を中心に、その土地がもつ文化や伝承と写真とを組み合わせた作品の制作に取り組まれている、写真家の下川さん。大学時代に神学・美学・哲学を学ばれた経験を活かし、言語学やナラトロジー(物語論)を軸に、世界の言語や物語の収集にも注力されています。

会場を眺めわたすと、ネオンとなって輝くカリグラフィーに照らされた、イランの幻想的な夜の街並みを歩いているような心地を覚えます。イスラーム圏であるペルシアでは伝統的に書道文化が発展しており、その一端を街に灯るネオンにも見出すことができるのです。それらからは、中東地域に対するイメージとは異なる、新たな一面を垣間見ることができます。

――ネオンカリグラフィーの撮影を始められた経緯を教えてください。

中学生の時に9.11 アメリカ同時多発テロ事件、高校生の時にはイラク戦争が勃発し、ニュースでそれらの凄惨な光景を見聞きする中で、イスラームとは何かという疑問が頭をもたげました。その疑問を解消すべく、大学ではイスラームの神学や哲学を専攻し、その一環として中東諸国における書道文化についても学びました。ネオンカリグラフィーを現地ではじめて見た時、自身が学んでいた書道文化がネオンとなって輝いている光景にとても興奮したことを覚えています。日常の中に伝統が生きているということが新鮮に感じられ、一昨年から撮影を始めました。

――ペルシア書道のどこに魅力を感じられましたか?

イスラームの人々の思想や精神性と深く関係しているところに興味を惹かれました。ペルシア書道には、『クルアーン』を表すために1000年以上もの時を経て発展してきた歴史があります。『クルアーン』の一節はすなわち神の言葉なので、いかに正確に、そして美しく書き写せるかどうかが重要です。なので、習得すること自体とても難しく、完璧にマスターするには数十年かかると言われています。

――日本の書道では、書体の崩し方からも書家の個性が見出されますが、ペルシア書道においては、『クルアーン』に記されている神の言葉を正確に書き写すことが第一義とされているため、書法を守らずに書くことは奨励されていないということですね。

その点がまさに、日本の書道との大きな違いです。ペルシア書道には主要な書体がいくつかあり、それらに則り完璧に書き写すことこそ価値が高い表現だとされています。ですが近年、現代アートの分野では、書体を崩して表現するアーティストもたくさんいます。

こちらのネオンカリグラフィーは、伝統的な書体とかけ離れいるとのこと。「化粧品屋さんなので、若者向けに書体を崩しているのだと思います」と、下川さん。

こちらはナスタアリーク体という伝統的な書体のネオンカリグラフィー。「流線的なフォルムが特徴です」と、下川さん。

――本作品では「書」はもちろんのこと、「光」にも着目されたそうですね。

イスラーム圏では「光」と「神」とは、結びつけて考えられています。イスラーム教には光そのもの、そして私たちが目にしている全ては神が描いたものだという考えがあります。本展では、その考えに基づく「光」と「書」とを「写真」を介して繋げて表現しました。

――「書」と「光」には、神の痕跡を可視化させるという共通項があるのですね。それらを表現する手段として、なぜ「写真」を選択されたのでしょうか?

学生時代に初めて中東諸国へ渡航して以来、かれこれ10年以上、写真を撮り続けています。写真には、目の前に存在するものをありのままに写すという特性があります。「書」と「光」との繋がりを表現する上で、そのような特性を持つ写真は最適なメディアだと思いました。

――10年以上もの間、中東諸国を撮影されているとのことですが、作品制作上での変化はありましたか?

学生時代はパレスチナ難民など、よりジャーナリズム色の強いテーマで撮影を行っていました。ですが、撮影を重ねるうちに、中東諸国への決まりきったイメージとは異なる部分を切り取りたいと思うようになりました。私たち日本人が中東諸国に対して持つイメージの大半は、紛争、難民、テロなど、危険に直結するものではないかと思います。そういった固定概念に基づくイメージに回収されることなく、日本にはなかなか伝わらない中東のリアルな風景を見せたい。そんな思いも本展には込められています。

――その思いの背景には、下川さんご自身が抱く中東諸国へのイメージも関係しているのでしょうか?

私自身、現地を訪れる前は危険なイメージを抱いていました。ですが、そこで暮らす人々との交流を通し、彼らがどんなことを考え、どういった生活を送っているのかということが見てきたことで、親しみの気持ちが増していきました。

「現地の人々は気さくな人ばかりで積極的に絡みに来てくれます!店舗の撮影をしていると、店主さんまでピースをしながら写り込んでくることがよくあります(笑)」と、下川さん。

――どういった基準で撮影店舗を決めていましたか?

ネオンカリグラフィーの良し悪しだけではなく、イランらしさや、そこで暮らす人々の生活が垣間見えるかどうかという点も重視して選んでいました。なので、書体だけをアップで撮影するのではなく、少し引きで店舗の全体像やその周辺も写り込むように撮影しました。

また、本展には「言葉」を展示するという側面もあります。なので、展示作品は写真的に優れているかどうかだけではなく、言葉的な面白味も重視して選びました。

郊外の大型店舗を撮影した1枚。「タクシーで撮影に行ったのですが、私以上にドライバーのお兄ちゃんのほうが撮影にノリノリで(笑) 撮影中、他の車が店の前に停車しないよう率先して誘導してくれたので、とてもスムーズに撮影ができました!」と、下川さん。

イランの夜の闇を照らすネオンカリグラフィー。そのまばゆい文字の流動は、イスラーム圏の人々が抱く思想の一端を垣間見せます。そして、その気付きは、紋切り型なイメージとは異なる中東諸国の新たな一面へと、想像を巡らせるきっかけを鑑賞者にもたらします。ぜひ会場で、下川さんの作品が持つ、視野を拡張する力を感じてみてはいかがでしょうか。

ステートメント

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【下川 晋平 写真展「Neon Calligraphy」】
会場:銀座ニコンサロン
会期:2020年9月23日(水) 〜 2020年10月6日(火) 日曜休館
10:30〜18:30(最終日は15:00まで)
https://www.nikon-image.com/activity/exhibition/salon/events/201706/20200723.html

下川さん WEBサイト
https://shimpeishimokawa.com/