栗田 哲男 写真展「チベット、十字架に祈る」

レポート / 2020年11月5日

~ステレオタイプを超えた先に見出される、辺境の村で暮らす人々の姿~

会場にて、栗田さん。

栗田 哲男さん写真展「チベット、十字架に祈る」が、キヤノンギャラリー銀座 で開催されました。12月3日(木)からは、キヤノンギャラリー大阪で開催予定です。

アジアの国々を中心に辺境・秘境と呼ばれる地域や、そこで暮らす人々の文化の撮影に取り組まれている、辺境写真家の栗田さん。写真家として活動する以前は、国内のある上場企業の海外駐在員として中国に17年間滞在し、現地法人社長も務めました。その頃から長期休暇を利用し、様々な国や地域を旅されていたとのことです。

「観光地よりも田舎の村々を巡るのが好きでした。また、行ったことのない土地を求めて旅を重ねるうちに、辺境の地で暮らす人々との様々な出会いがありました。現地の方にとっては見知らぬ人間が突然やって来たようなものだと思いますが、お茶やご飯を振る舞ってくれたり、困っていると助けてくれたりと温かく受け入れてくれる人ばかり。またこれは中国に限った話ではなく、国や地域を問わず同様な出会いがありました。辺境の地で暮らす人々のそんな純粋さや心の温かさにすっかり魅了されてしまったのです」と、栗田さんは話します。

マイノリティーの中に存在するマイノリティー

本作の撮影地は、中国雲南省の西北部に位置する迪慶チベット族自治州にある小さな村・茨中村。その集落では、キリスト教を信仰するチベット族の人々が暮らしています。19世紀半ば、フランス人宣教師が布教のために訪れたことで、この地にキリスト教が伝来しました。栗田さんが茨中村をはじめて訪れたのは2007年。旅行でたまたま近くを訪れた際、現地の方からのすすめで集落へ立ち寄ったことがきっかけとのこと。本作は2014年から2019年までの約5年間で撮影されました。

「チベットというと、一般的には『チベット仏教』を連想される方が多いかと思います。私自身、茨中村を訪れるまでは、キリスト教を信仰するチベット族の人々のことは知りませんでした。しかし実際には、少数ではありますが、チベット族の中にもキリスト教を信仰する人々が存在するのです。私自身、チベット族に対して無意識に固定概念を抱いていたのですね」と、栗田さんは振り返ります。

中国は56の民族で構成される多民族国家ですが、人口の約9割を占めるのは漢民族です。残りの約1割にあたる中国少数民族の中にチベット族も含まれますが、本作の被写体であるキリスト教徒の人々は、その中でもさらに少数派な存在。そういった前提を踏まえ、「マイノリティーの中に存在するマイノリティー」というテーマが見出されたと栗田さんは話します。

「茨中村のキリスト教徒の人々だけに限らず、辺境の地で暮らす少数民族の多くは、いわれなき偏見や差別にさらされています。では、なぜ偏見や差別が生じるのか。その要因の一つには、彼らがどのような文化や考えを持ち、どう生きてきたのかということを、大多数の人が知らないという事実があると思います。だからこそ、固定概念によって作り上げられた少数民族へのイメージとは異なる、ありのままの姿を見てもらうこと。それが相互理解へ繋がると思うのです」

茨中天主教堂で行われているミサの様子。

「相手とのコミュニケーションがまずあり、その先に撮影という行為が生じると考えています」

熱心に祈りを捧げる真剣な眼差し、教会で談笑する女性たちの幸せそうな笑顔。本作からは、茨中村の人々の人柄やそこに流れる日常が垣間見えます。また、それらの作品を眺めていると、栗田さんが被写体へ向ける温かな視線にも気付かされます。そこには、写真家としてのある思いが関係していると栗田さんは語ります。

「私はジャーナリズムとは対極な位置にいたいと常々思っています。人が苦しみ、悲しむ姿よりも、鑑賞者が温かな気持ちになれるような光景を伝えたいのです。また私の活動の一番の目的は、現地の人々と交流することにあるので、相手とのコミュニケーションが大前提としてまずあり、その先に撮影という行為が生じると考えています。とはいえ、コミュニケーションに時間の長さは関係ないとも思います。お互いに笑顔を浮かべて視線を合わせた一瞬の時間もコミュニケーションだといえますし、その一瞬で、撮影することを受け入れてくれたかどうかは分かるとも思うのです。本展の写真は全て、お互いを受け入れ合った上で撮影しました」

「相手のことを理解しようという意識を持って対峙することではじめて、多様な人々の存在に気付くことができると思うのです」

また本展には、様々な仕掛けも施されているとのこと。

「実際に教会にいるかのような空間に仕上げたいという思いがあり、照明や作品の配置などにこだわりました。また時折、聖歌が流れているのですが、これは現地の教会で耳にした歌声を録音したもの。少しでも現地の雰囲気を感じてもらえればと思います」

本作の仕掛けに関しては、ぜひ会場でお確かめください!

こちらの作品には、本作のテーマを体験してもらうためのちょっとした仕掛けが用意されていると栗田さんは話します。

「木のフレームは世界など何か大きな枠組みを表していて、その中に配置されているチベット仏教の信徒の写真は、そういった枠組みの中に存在するチベット族やチベット仏教という構図を示唆しています。また、備え付けのライトで作品を照らすと、さらなる仕掛けに気付く仕組みとなっています。この一連の流れは、私たちが物事を判断するときの思考にも通じます。社会など大きな何かが作り上げた枠組みに従い、自身で考えるというステップを踏まずに物事を判断していると、目の前の対象の1面しか見ることができません。チベット族に関してもそうです。相手のことを理解しようという意識を持って対峙することではじめて、多様な人々の存在に気付くことができると思うのです」

本展では、チベットの地で暮らす人々の文化やその営みを多角的にとらえることができるとともに、無意識のうちに固定概念という枠組みにとらわれていた自分自身にも気付かされます。また、物事の本質を見極める目を持つことの重要性や、そのための思考のプロセスにまで思いが巡りました。本作から何を感じ取るのか、ぜひ会場で確かめてみてはいかがでしょうか。

ステートメント

【栗田 哲男 写真展「チベット、十字架に祈る」】
会場:キヤノンギャラリー銀座
会期:2020年10月29日(木) 〜 2020年11月4日(水)
10:30〜18:30(最終日は15:00まで)
会場:キヤノンギャラリー大阪
会期:2020年12月3日(木) 〜 2020年12月9日(水)
10:00〜18:00(最終日は15:00まで)
https://cweb.canon.jp/gallery/archive/kurita-tibet/index.html

栗田さんWEBサイト https://www.tetsuokurita.com
Facebook https://www.facebook.com/TetsuoKuritaPhotography