~無限にある時の流れの中、儚くもありながら確かにそこに人が生きていた証~
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“サハリン(樺太)”
学生時代に教わったのは北海道以北に位置し、日露戦争により南半分が日本領になり、その後太平洋戦争終戦前後のソ連軍侵攻により、実質的に日本領ではなくなったという歴史の知識のみ。そこが実際はどういったところなのかということは、大多数の人が知らないのではないでしょうか。
私もこの写真展を知って、まず頭に浮かんだのはその程度のことでした。
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意外と今は行こうと思えば行きやすいアクセス情報。
ギャラリーに入り右側は那部さんが2009年に撮られてきたサハリンの作品。左側はNPO法人日本サハリン協会の協力によるサハリンの歴史、宮沢賢治の“サハリン紀行”の行程地図。実際に今サハリンへ行く方法など、今まで知らなかったことばかりの資料です。
この展示はこちらのギャラリーオーナーである服部さんが企画されたもの。
「写真だけではなく資料も展示しているのは、文字情報がある方が写真好きではない人たちも来てくださいますし、自分が旅好きということもありますが、写真を通して何を見せるのかということに重きをおいています」。
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出張撮影の仕事をされつつ廃墟写真家として、最近は廃墟の中でもラブホテルをテーマに撮られている那部さんですが、廃墟写真を撮られるようになったきっかけや、今回の写真展のことなどお聞きしました。
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日本にある工場の資料本で、紙の原料を煮る木窯の数を確認して工場の規模を推察し、訪れるところを考えたなどお聞きして、(廃墟を追って)撮影地を探す方法とコツなんだなと思いました。
大学までカメラにさわったこともありませんでした。大学3年の時に母が亡くなり遺影に使えるものがなく、結局免許証の写真になって、青い背景の免許証の写真の遺影はとても惨めな気持ちになり、写真として残されてないことがこんなにも悲しいものなんだと思いました。カタチとして残る写真ってすごい大切なんだなと。
そこから儚いもの、消えていくもの、もう二度と再生できないものに魅かれていき、たどり着いたのが廃墟でした。日本中旅して行き尽くしたかなと新境地を探している頃に北朝鮮に行き、戦前に建てられた日本の建物が数多く残っているのを目にして、日本より昔の日本が残っているんだと思いました。その時に(私の)写真集を出してくれている会社(八画文化会館)の社長に、サハリンがすごく良かったとすすめられ、行ってみようということになりました。それが2009年、11年前になります。
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ーこういった大きなスケールで見ると、日本人が忘れてしまった、街を開拓するということが伝わってきますね。
撮影時は10㎜や15㎜の広角を使うのですが、一つのアングルの中でここまでおさめるのは、動画では伝えきれない写真の魅力かなと思います。 工場に行くには未舗装の悪路の道が続いていて、日本ってこんなところまで来ていたんだと思いました。
ー廃墟になってしまった今の姿だけでなく、往時を偲ばせる貴重な絵葉書の写真が展示されていて、とても興味深いですね。
まったく同じアングルではないのですが、彷彿とさせるものを並べて見せています。廃墟となった姿だけでなく現役当時の姿を見ると平面が立体的になり、自分の中でもざわざわきますし、過去の写真と今の写真を比べてみるのは楽しいです。
(終戦で)これだけ大きな工場が18年しか稼働しなかったことや、これだけの資産を残していかざるを得なかったというのは、どんな気持ちだったのだろうかと思います。日本の領土拡大の歴史につながることを、こうやって形に残せたのは意味があったと思います。
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ー樺太という地名自体、歴史の教科書ぐらいでしか、目にすることはなくなってきていますが、日本人がここにいたんだという証が感じられますね。
写真集(2015年に出版された『知られざる日本遺産』)を見て出版社へ、樺太に住んでいたという女性からお礼の電話があったということをツィートしたのを、服部さんが見てくださって、(今回)やりましょうとなりました。
その2015年に出した写真集を、恵須取(エストル)で産まれたというお爺ちゃんが買いに来られて、90歳をもう過ぎている方ですが、写真展をするので案内を送ったのですが戻ってきてしまって。転居されたというだけならいいのですがと思っています。この写真展が終わるまでに、樺太で産まれた住んでいたという方が(会期終了までに)一人でも来てくださればと思っています。
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左が往時の絵葉書の写真。
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戦後75年という時間の中、世代が変わっていくことで日本人の中で風化していることが、残された建築物から日本という国とそこに住んだ人たちの痕跡を今に伝えてきます。産まれたら鉄のカーテン時代だった私自身、サハリンという土地がどういったところなのかと考えたこともありませんでした。
“人はだれでも、生まれながらに知ることを欲する”というアリストテレスの言葉にもありますが、人が知るということにおいて、写真という発明品が持つ、伝える力の偉大さを感じる写真展。展示されている資料も含めて、サハリンを知るきっかけにぜひ足をお運びください。
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この撮影時にかかった驚きの費用。贅沢なヨーロッパ旅行に2度行けそうです。
大きく費用がかかっているのは旅行者は行かない、日本の痕跡を追うそれぞれの町への限られた時間内(5泊6日)でのアクセスの悪さによる現地での手配。
来年は北朝鮮の首都 平壌の日常を追った作品の展示を企画されていると、服部さんにお伺いしました。「マスコミを通したものだけではない情報を発信できればと思っています」。
平壌に住む人たちの実際の姿、確かに気になります。こちらもとても楽しみです!
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【那部 亜弓 写真展「サハリンに眠る日本遺産」】
会期:2020年10月27日(火)〜11月8日(日)
11:00~17:00
観覧料:ワンドリンク制(300円~)。
飲み物を注文されない場合は入場料として200円をいただきます。
会場:ego - Art and Entertainment Gallery
https://egox.jp/event/nabeayumi11/
【企画協力】
NPO法人日本サハリン協会
http://sakhalin-kyoukai.com/index.html