髙木 佑輔 写真展「SPIN」

レポート / 2020年11月20日

~アルコール依存症の父から見出された心の空白。負の連鎖を断ち切る軌跡の記録~

会場にて、髙木さん。

髙木 佑輔さん 写真展「SPIN」が、11月23日(月)まで東武線曳舟駅から徒歩7分ほどのところにあるReminders Photography Stronghold (以下、RPS)(※1)で開催されています。

2005年からフリーランスの写真家として活動を開始された髙木さん。アジア・アフリカを取材され、2010年にビルマ人の人身売買をテーマとした作品で「Human Rights Award in FCCT/OnAsia PHOTO CONTEST 2010」 を受賞。東日本大震災を機に福島を定期的に撮影し、2016年からは福島第一原子力発電所事故後の世界を父親目線から捉えた作品制作にも着手され、2018年には同テーマの写真集『Kagerou』を出版。同書は米タイム誌で2018年ベスト写真集の1冊に選出されました。

そんな髙木さんが本作で取り組まれたテーマは「アルコール依存症」。本作制作にあたり過去を振り返ると、アルコールに飲まれていく父親と孤独を抱えた過去の自分が見出されたと髙木さんは話します。そして、自身のトラウマにもなった忌まわしい経験を、今度は自身が子どもたちにもたらしているのではないかという、連鎖への不安も生じたといいます。その背景には、アルコール依存症に対して世間が抱くイメージとその実態との乖離、そして特定の社会問題を自分事としてとらえることの難しさが潜んでいました。

――2019年に開催されたRPS主宰の写真集制作ワークショップ「Photobook Masterclass」に参加されたことを機に、本格的に本作制作に取り組まれはじめたと伺いました。お父様が「アルコール性認知症」と診断されてから約1年半のタイムラグが生じているようですが、何故このタイミングで本テーマと向き合われたのでしょうか?

写真家である以前に、一人の息子として父と向き合うためには心を整理する時間が必要でした。飲むたびに人が変わったように荒れる父の姿や、日々増えていく酒量に対し漠然とした不安は抱えていたものの、父が病院へ搬送されるまで家族はもちろんのこと、父自身も「アルコール依存症」であるという認識を持てませんでした。診断を受けた直後は消化しきれない部分もあり、そこで初めてアルコール依存症について学びはじめたんです。

ある程度自身の中で整理がついた頃、「Photobook Masterclass」に参加しました。まずは自身の過去を書き出してみることを勧められ、幼少期の記憶やトラウマ、そしてアルコール依存症について書き出すうちに、私と父との関係性を客観視することにも繋がりました。そうすることで当時の私が日常としてとらえていた、酒を飲むたびに喧嘩する両親の光景が世間的には当たり前ではないことを改めて実感しました。また、そんな過去は今の私にとっては些細な事であると高を括っていましたが、未だに過去に囚われている自身の姿も見出されたのです。この過去と向き合わない限り前には進めないと思い至り、本作の制作に着手し始めました。

――ご自身の過去と対峙することに繋がったのですね。そういった自身の内側へと目を向け被写体を見出されるということは、やはり難しさもあったのではないでしょうか?

自身が見たもの感じたものにフォーカスし、ローカルからグローバルを切り取るという手法は、前作の『kagerou』制作時にも試していました。ただ前作は、被写体である福島第一原子力発電所事故後の世界と、自身との間に子どもを介していました。ですが本作では、父とダイレクトに向き合うこととなったので、これまで以上に自分自身を曝け出す覚悟をもって制作に臨みました。

また、父との関係性は写真集を制作する過程で明確化しました。制作を進める中で、講師のデザイナーやRPSの代表・後藤由美さんが「本作を通して私が真に表現したいこととは何か」ということを何度も問いかけてくれてそれはまるでカウンセリングのようでした。

会場では、本作の写真集『SPIN』が出来上がるまでのダミー本もご覧いただけます。髙木さんが本作と向き合われた軌跡を拝見することで、より作品世界に没入できます!

――展示に関しては、大胆でユニークですね!アルコール依存症を連想されるような直接的な画がないところも印象的に感じます。

アルコール依存症に対して世間が抱くイメージとその実態とには大きな隔たりがあるということに気付いたので、既存のイメージを上塗りするような作品にはしたくないという思いがありました。アルコール依存症というと、お酒の誘惑に簡単に屈する意志の弱い人、倫理的に欠陥のある人といったイメージがあるかもしれません。ですが実際は、ごく普通の人でも何かのきっかけで生じた「心の空白」から、アルコール依存へと繋がることがあるのです。それは私の父においても同様でした。だからこそ、アルコール依存症について自分事として思いを巡らせるきっかけを作りたいと思ったのです。

また本展のテーマの一つである「世代間連鎖」も展示で表現しています。撮影を重ねる中で、父と自身との血の繋がりを意識すればするほど、アルコールによる負の連鎖への不安が募りました。お酒を飲んで子どもたちと衝突することも度々あり、自身が父から受けた辛い経験を今度は自身が子どもたちにもたらしてしまうかもしれないことへの恐れが生じたのです。そんな連鎖を断ち切りたいという強い思いも本作制作の原動力となっていました。

こちらの壁では、髙木さんの心の奥底に潜む闇を表現されたそう。「ネガティブなイメージを喚起させる月明かりの写真の中に、記憶の光景を散りばめました。右側の幼少期の作品に見受けられる黒い丸は、当時のトラウマや心の空白を表しています」と、髙木さん。

隣はお父様の壁。「アルコールにより委縮した脳のレントゲン写真の中央では、悪魔が笑っているような影が見えませんか?アルコールという悪魔が脳に入り込み支配しているというイメージが込められています」と、髙木さん。

髙木さんとお父様の顔を組み合わせた作品。「父と私はよく似ていますよね。血の繋がりを改めて感じましたし、アルコール依存症の世代間連鎖についても強く意識しました」と、髙木さん。

時間の経過により赤くなる仕掛けも施されています!「アルコールに染まっていく父を表現しました。染まる速度も徐々に早くなるように設定してあり、それは飲酒のサイクルを示唆しています。父の飲酒も晩酌からはじまり、次第に昼から、しまいには1日中飲むように。搬送直前は、まるで何かに取り憑かれたような勢いで飲んでいましたね」と、髙木さん。

実はこの壁の先にも小部屋が用意されています。そちらはぜひ会場で体感してみて下さい!

本展で扱うテーマは、アルコール依存症の父を通して自分自身と向き合うという一見とてもパーソナルな事柄です。ですがそこには、現代社会が内包する問題点が潜んでいるように感じられました。その一つに、アルコール依存症を自分事としてとらえることの難しさがあると思います。アルコール依存症には、自身や身近な人がいつそうなるかわからないという恐ろしさがありますが、依存症に対する固定概念が自分たちの問題としてとらえることを阻んでいると髙木さんは話します。

「依存症へのネガティブなイメージが先行していることで、アルコール依存症であることを隠したり、見て見ぬ振りをする傾向があります。それは本人の治療の妨げにしかなりませんし、家族にとっても負担が増えるだけ。アルコール依存症者に対して堕落のレッテルを貼るのではなく、一人の同じ人間として、その人が直面している問題へと思いを巡らせることが重要だと思うのです」

固定概念というフィルターを外して本作をとらえたとき、そこから何が見出されるのか。ぜひ会場で確かめてみてはいかがでしょうか。

※1「Reminders Photography Stronghold Gallery」:90平方メートルの広さを誇るギャラリー、ワークショップ、イベント、写真集展示室、写真プロジェクト助成、出版、宿泊施設等、写真関連の多目的な活動を可能にしてくれる場所。東京墨東に誕生。(「REMINDERS PROJECT & REMINDERS PHOTOGRAPHY STRONGHOLD」サイトより引用

※2「リマインダーズプロジェクト」:後藤由美氏、後藤勝氏によって2000年に発足。新聞を読んだり、テレビのニュースを見るだけでは、世界の出来事は他人事の様にしか映ってきません。何も解決していないのにみんなすぐ忘れてしまう。 或いは、気付かなければ、何もなかったこととして片づけられてしまいます。 このプロジェクトは、撮影する主題(被写体)を深く理解し、独自の視点を持って取材活動を続けるフリーランスフォトジャーナリストによって、「世界で何が起きているの か」を人々に伝える事を第一の目的としています。(「REMINDERS PROJECT & REMINDERS PHOTOGRAPHY STRONGHOLD」サイトより引用

●本展の写真集『SPIN』はこちらからもお買い求めいただけます。本書の紹介動画などもご覧いただけますので、ぜひチェックしてみてください!

写真集『SPIN』

「東武曳舟駅」「東武東向島駅」「京成曳舟駅」の3駅が最寄り駅。それぞれ徒歩6分前後ほどの距離です。

【髙木 佑輔 写真展「SPIN」】
会場:Reminders Photography Stronghold Gallery
会期:2020年11月3日(火) 〜 2020年11月23日(月)
13:00~19:00
https://reminders-project.org/rps/yusuketakagi_spinjp/