~ありふれた日常が特別な光景へと変わる瞬間を写し止めた写真展~
八木 香保里さん 写真展「今日の十二枚・ことしなにした?なにをみた?」 が、12月16日(水)まで戸越銀座商店街にある街の写真屋さん、フォトカノン戸越銀座店で開催されています。ご自身の生活圏内で出合う景色や人物、動植物などに被写体を絞って撮影に取り組まれている八木さん。本展では本年1月から、コロナ禍を経て新しい生活様式への過渡期である現在までの約1年間に撮影された作品が展示されています。
ポジティブな感情だけでは語り得ない2020年という特殊な1年においても、変わらず撮影に取り組まれ続けた背景には、写真への真摯な思いがありました。そして、撮影の中で八木さんが見出された気付きについて、お話を伺いました。
「日常に制限が生じたことで、
これだけは守りたいという暮らしの核が見えてきた」
本作は自宅から徒歩圏内と限られた範囲で撮影されたものがほとんどです。本年はコロナ禍により作品制作に支障をきたしている写真家も多い中、驚くべきことに普段よりも撮影点数が増えたと八木さんは話されます。
「コロナ禍で撮影が制限され、以前までのように写真が撮れなくなってしまったという声も耳にしましたが、私は普段から自宅やその周辺で撮影することが習慣化していたので、逆に今年は撮影点数が増えたんです。また、写真を介して日常を見えるかたちとして残すことで、それらを見返したとき日々の行動パターンが見えてきたのは発見でした!コロナ禍などの不安要素があったことで、これだけは守りたいという暮らしの核となる部分が明確化したのですね」
「ありふれた光景」が「特別な光景」に変わる
本展の作品は撮影日の古いものから順に入り口側から並べられていますが、そのとらえ方は鑑賞者ごとに多種多様であると八木さんは話されます。
「被写体の洋服や植物の種類から季節の移り変わりを感じる方がいれば、時系列といった概念を持たずにビジュアルとして楽しまれる方もいます。また、コロナ禍という特殊な状況を共に経験したからこそ、本展を通して、皆さんと2020年という年を振り返ることが出来れば良いなとも思っています。『ゆく年くる年』のようなイメージの写真展です(笑) 」
本展はこちらの作品からはじまります。新型コロナウィルスの感染拡大で需要が急速に高まり、現在では目にしない日はないと言っても過言ではない「消毒液」ですが、実は同様の構図で昨年8月と11月にも撮影をされていたのだそう。コロナ禍以前であれば、つい見落としてしまいそうな些細な光景にも感じられますが、なぜ昨年も撮影されていたのでしょうか。その理由について、八木さんは「きれいだったから」と話されます。
「光に包まれたポンプがきれいで目が放せなかったのです。もちろん当時は、コロナの『コ』の字も聞くことはありませんでしたから、『きれい』のほかに特別な想いは何もありませんでした。正直、特別感のある光景ではないので、『わざわざフィルムで撮る必要ある?』と疑問に思われる方も少なからずいました。ですがコロナ禍で改めて見返してみると、当時とは印象が異なるのではないかと思います。現在であれば、本作に共感される方もいるかもしれません。つまり何年か経って振り返えると、撮影時は『ありふれた光景』だったものが『特別な光景』に変わっているかもしれないということですね。だからこそ自身の気持ちには正直にシャッターを押すようにしています」
「この感情もいつかは薄れてしまう。
だから撮影時の感情が写る瞬間を逃したくないと思うんです」
本展を眺めていると、どこか不思議な作品に目を奪われました。例えばこちらの作品。山頂に佇むブタの後ろ姿からは様々な想像が膨らみます。
「実はこれ、アボカドにブタのミニチュアを乗せて撮りました。撮影したのは自粛期間中。当時は近所のスーパーに行くことすら不安で、なるべく短時間で済ませられるようにとメモを片手に買い物に臨んでいました。そんな中、野菜売り場に並ぶアボカドを見た瞬間に思い出したのは、以前お手伝いに行っていたお店のシェフの『アボカドは青いうちに買って熟れさせると美味しいよ』という口癖。アボカドから想起された記憶は、不安で凝り固まった私の心を優しくほぐしてくれるようでもありました。そんな当時の感情も込めた1枚です」
またコロナ禍により、これまでの日常の景色に新たな解釈が加わるといった体験もされたとのこと。例えばこちらの作品。2020年を経験した私たちが目にすると、様々な解釈が生まれるのではないかと八木さんはいいます。
「白バラ牛乳の背後に写り込んだ『新しい』という字幕。この言葉がこんなにも多様な意味合いを持つのは2020年ならではだと思うのです。でも、撮影時に生じたこの感情もいつかは薄れていく。だから見えるかたちで残しておきたいのですね。数年後に写真を見返した時、2020年が辛いだけの年ではなかったと思えればいいなと思います」
「悲しいときでも目の前の景色はきれいに見えるんですよ。
その感情に嘘はつきたくないから、写真を撮り続けているのかもしれません」
2020年は楽しいことや嬉しいことだけでは語り得ない特殊な1年であったかと思います。そんな状況下においても、写真と向き合い続けた八木さん。その原動力はどこから湧いてくるのでしょうか。
「写真はどこかに出掛けた時や、楽しい時に撮るものだという認識の人もいるかと思います。そういう人にとっては、しんどい時にまでなぜ写真を撮るのかと不思議に思われるかもしれません。私自身も数年前に身体を壊し、思うように写真が撮れなかった時期もありました。しかし、そんな状況下でも、不思議と目の前の景色はきれいに見えるんですよね。嬉しくないのに撮っても良いものかという迷いはありましたが、きれいだと思った感情に嘘はつきたくなかったので撮りました。そして、このことは今年も同様だと思うのです。普段であれば気兼ねなくレンズを向けていた物や場所も「撮ってもいいかな」と一呼吸おいてからシャッターを切ることが増えました。しかし、こんな時だからこそ、きれいだなと思う感情には素直でいたいとも思うのです」
2020年は誰もが多かれ少なかれ日常の変化を余儀なくされた1年であったかと思います。そんな本年の経験を経て、八木さんが写し出す光景がご自身の目にはどう映るのか、ぜひ会場で確かめてみてはいかがでしょうか。
【八木 香保里 写真展「今日の十二枚・ことしなにした?なにをみた?」】
会場:フォトカノン戸越銀座店
会期:2020年12月4日(金) 〜 2020年12月16日(水) 木曜定休
10:00~20:00
https://photokanon.com/gallery-301/
八木さん WEBサイト
https://yagikahori.wixsite.com/photography
フォトカノン WEBサイト
https://photokanon.com/