北海道紋別郡湧別町

産業編集センター 出版部
2025/04/15 ~ 2025/05/15
北海道紋別郡湧別町
【旅ブックスONLINE 写真紀行】
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開拓時代の風景が今も残るオホーツクの町
北海道の北東部、オホーツク紋別空港から車で約30分のところに湧別町がある。オホーツク海に流れ込む湧別川の下流に位置し、東側には日本三大湖の一つであるサロマ湖を抱えた、豊かな自然と肥沃な大地を誇る町である。地名は、アイヌ語で「鮫
の住む川」という意味の「ユぺ(鮫)オツ(川)」が由来。湧別川河口から近海にかけて、チョウザメが多く生息していたからだといわれている。
湧別町の歴史は、屯田兵の入植によって始まる。北海道の開拓と防備という役割を担う屯田兵制度が始まったのは明治七年、札幌郡の琴似村に二百戸が入植したのが最初だ。その後、制度が廃止される明治37年まで、北海道には7300戸余り、約4万人の人々が入植し、37の兵村がつくられた。上川地方との交通の要衝である地の利の良さと肥沃な土地に恵まれていた湧別の町もその対象となり、明治30年から屯田兵による開拓が始まった。
湧別の街中を通る国道242号線を車で走ると、東側に広大な農地が見えてくる。
整然と区割りされていることが遠くからでもわかる。畑の間を縫うように、細い道路が規則正しく作られている。実は、この区割りは、屯田兵時代のままだというから驚きだ。特に北兵村(きたへいそん)地区、南兵村地区には旧兵村の配置がほとんど当時のままに残っている。
さらに国道242号を北上していくと、右手に大きな建物が見えてきた。北兵村にある「ふるさと館JRY」という施設だった。湧別屯田に関する重要な資料や開拓当時の道具などが展示されており、開拓時代のままの姿で移築された当時の家屋は一見の価値ありだ。北海道の原野を強い意志と忍耐力で開拓していった先人の姿に圧倒される。
建物を出て少し歩いてみると、周囲は見渡すかぎり緑の絨毯が広がっている。その中に点在する煉瓦造りの家。かつてこの地域ではレンガ造りが盛んに行われていたそうだ。青い空と畑の緑とレンガの赤、湧別ならではのこの独特な風景を見ながらゆっくりと歩けば、いつの間にか開拓時代のこの町の風景に思いは巡る。
今、湧別町の人口は約8000人。わずかな人数の入植者から始まった町の歴史は、これからも長く続いていく。
※『ふるさと再発見の旅 北海道』産業編集センター/編より抜粋