石川県金沢市長町

産業編集センター 出版部
2024/10/12 ~ 2024/11/15
石川県金沢市長町
【旅ブックスONLINE 写真紀行】
産業編集センター出版部が刊行する写真紀行各シリーズの取材で訪れた、全国津々浦々の風景を紹介しています。
書籍では掲載していない写真も地域ごとに多数掲載。
写真の使用・販売に関するご相談は旅ブックスONLINEのお問い合わせフォームからご連絡ください。
古都金沢の町に今も残る武家屋敷跡
金沢に残る三つの茶屋街(ひがし茶屋街、にし茶屋街、主計町茶屋街)とともに、城下町ならではの風情が色濃く残っているのが長町武家屋敷跡である。金沢を代表する繁華街、香林坊の北側に広がる一角で、金沢城址の西側にあたる。
加賀藩の藩政下で「平士」と呼ばれていた中位の藩士が住んでいた場所で、百石〜二百石の平士は二百坪、三百石〜四百石の平士は三百坪と、地行高によって宅地の面積が決められていた。禄の高い家は長屋門を構えることができたといわれている。土塀の土台や石畳の道に使われている石は、金沢郊外の戸室山山麓から採れた戸室石。金沢城の石垣に使われている石と同じもので、うっすらと緑を帯びた石や薄紅色の石
が趣深い。
長町という地名の由来は、このあたりが香林坊から続く長い町筋であったこと、あるいは藩の老臣長氏の屋敷に続く道だったからなど諸説ある。三つの茶屋街同様、この長町も戦火を免れたため、道筋は昔からほとんど変わっていない。江戸時代の古地図と現在の地図を重ねても道筋はほぼ重なるそうだ。
陽が傾き始める頃、人影まばらな石畳の道を歩く。昔ながらの土塀に囲まれ、豪壮な武家屋敷が建ち並んでいる。土塀の隙間や長屋門の間から見える庭園は美しく手入れされ、藩政期の平士たちの暮らしぶりが見えてくるようだ。冬ともなれば、雪や凍結から庭の木々や土塀を守るため、藁で編んだこもで覆う「こも掛け」が行われ、その風景が金沢の冬の風物詩となっている。
石畳の道に沿うように流れるのは金沢最古の用水といわれる大野庄用水。犀川さいがわから取水された用水は、長町の武家屋敷群を抜けて北へと流れていく。かつて、金沢城築城のための木材運搬にも使われたこの用水。今では、屋敷の庭園のやり水や曲水に利用されるなど、長町に住まう人々のくらしを潤すとともに、古都金沢らしい風情を醸し出している。
にし茶屋街やひがし茶屋街のような華やぎとにぎわいは、この界隈にはないかもしれない。しかし、古き時代の本当に優雅な金沢の趣を感じたいのであれば、長町の武家屋敷跡をゆっくりと歩くことをおすすめしたい。
※『ふるさと再発見の旅 東海北陸』産業編集センター/編