~名前というフィルターを外した先で知覚する被写体~
川瀬 一絵さん写真展「きみの名前」が、10月18日(日)まで馬喰町駅から徒歩2分のところにあるdragged out studioで開催されています。dragged out studioは、写真家の池田 晶紀氏主宰の写真とデザインの会社・株式会社ゆかいが運営するオルタナティブスペースです。本年12月に神保町エリアへの移転が決定しており、本会場での展示は本展が最後となります。
株式会社ゆかいでの勤務を経た後、2019年よりフリーランスとして活動されている写真家の川瀬さん。主な撮影対象は、「身近であたりまえな、なんでもない」風景。2010年 に開催された個展「空の耳」を皮切りに、精力的に作品を発表されています。2018年に開催された個展「風が吹いている」から約2年振りに、お話を伺いました。
会場に並ぶのは、川瀬さんの日常で起こった出来事や、その当時の感覚を切り取った作品の数々。本作について、「目の前にあるものをただそこにあるものとして見えるままに切り取りました」と、川瀬さんは振り返ります。その作品制作の背景には、名前という概念のフィルターを外した先に見出された気付きがありました。
――本作を撮影された経緯を教えてください。
2019年に撮影し、本年6月の自粛期間中に編集した作品を展示しています。自粛期間中は否応なしに仕事と距離が生じ、自然と「写真家の川瀬一絵」という枠組みから解き放たれました。その状態でふと自身のまわりを眺めてみたところ、様々な物の名前を忘れたような、ぽっかりした感覚を覚えたんです。またその感覚は、2019年の撮影時にも感じられたことを思い出しました。
――その感覚を覚えたことで、作品制作に変化は生じましたか?
景色が変わって見えました。普段は目の前の対象を「葉っぱ」「喫茶店で飲んでいたコップの水」といった概念で無意識にとらえていますが、それが外れたことで新たな見え方を発見したのです。その際には目の前の対象だけでなく、撮影者であるわたしも「写真家であること」など自身を構成するカテゴリーが抜け落ち、何者でもなくなっていました。そのような状態でカメラを向けているときの方が対象をより深く理解でき、また、それらの一部として溶け合うようにも感じられました。
――たしかに対象に名前を付けてカテゴライズしてしまうと、そこで思考も止まってしまいますよね。
カテゴライズするということは、日常生活では便宜上必要なことですが、物事の本質が見えにくくなる側面もあります。なので、本作ではそういったフィルターを外したことで見えてきた、被写体の形状や現象などをただ見つめている感覚を切り取っています。また、それらには意味や物語はなく、あくまでもありのままを写し出しているにすぎません。
――名前という概念を外して被写体と対峙したとき、それ以前と比べ、より鮮明に対象の形状などが知覚されたということでしょうか?
そうですね。その感覚が何なのかはまだ模索中ですが、本来の見え方はこうだなとは感じました。また、4年くらい前から自閉症の方が暮らす施設に通っているのですが、その中でも似た感覚を覚えました。例えば彼らと話しているとき、わたしに対してなにか期待をされたり、会話の落としどころを求められたりはしません。だからこそ、肩ひじをはらずにありのままの言葉を伝えられますし、わたしにとってそれは貴重な時間です。そして、その場にあるのは、会話相手が誰かということなどを超越した先にある、もっと相手の核となる部分と対面しているような感覚です。この感覚こそ、本作の撮影時に感じていたものに近いと思います。
――展示構成にもこだわりが感じられますね!
来場されたお客様からは、「神経衰弱みたい」との感想をいただきました(笑) その指摘は的を射ていて、色のトーンや形状などの様々な観点から、それぞれ呼応する作品がいくつもあるんです。しかも2枚1組で正解があるわけではなく、様々なつながりを見出すことができます。わたしたちが生きているこの世の中が、様々な出来事の集約によって成り立っているのと同じですね。
名前という概念のフィルターを外してとらえた光景は、被写体をよりストレートに知覚させます。撮影対象に意味を求めず、見たままを切り取っているからこそ、撮影時の川瀬さんの感覚に鑑賞者もリンクすることができるのだと思います。本展を鑑賞することでどんな感覚を覚えるのか、ぜひ会場で作品をお楽しみください!
【川瀬一絵 写真展「きみの名前」】
会場:dragged out studio
会期:2020年10月9日(金) 〜 2020年10月18日(日)
12:00〜20:00(最終日は15:00まで)
入場料:100円(運営に対するドネーションとして)
https://yukaistudio.com/?p=13767