櫻井 朋成 企画展「Comte ‒ コンテ」

レポート / 2020年12月22日

~ジュラ山脈の厳しい自然環境で生まれたコンテ・チーズ。エリオグラビュールで写し出される伝統の継承~

会場にて、櫻井さん。在廊日に関しては、櫻井さんのTwitterをご確認ください!

櫻井 朋成さん 企画展「Comte ‒ コンテ」が、12月27日(日)まで馬喰町駅、馬喰横山駅、小伝馬町駅よりそれぞれ徒歩4分ほどのところにあるRoonee 247 Fine Artsで開催されています。ライカ・フランスのオフィシャル・フォトグラファーとして活躍されている、櫻井さん。フランスに移住されてからの約19年間、主にヨーロッパの伝統や歴史にまつわる写真をカメラに収めてきたました。また車や銃器の撮影や記事の寄稿にも取り組まれており、2018年には代官山 蔦屋書店 2号館1階のクルマフロアおよび北村写真機店にて写真展「LEGEND MOTORS」を開催されました。

そして本展では、ヨーロッパの「食」をテーマとした作品シリーズの第一弾として「Comte ‒ コンテ」が企画されました。 前回の展示に引き続き、「エリオグラビュール」という 19 世紀から続く銅板を使用したプリント技術により制作された本作。その制作の裏側には、コンテ・チーズの熟成士・ジャン=シャルルさん、エリオグラビュールの刷り師・ファニー・ブーシェさんら各分野の職人たちと「ものづくり」を通して培った強い絆がありました。そして、本作から見出される櫻井さんの作品制作への真摯な想いについてお話を伺いました。

コンテ・チーズから見出される中世フランスの痕跡

――Roonee 247 Fine Artsの杉守さんからのご提案により、本展の開催に至ったそうですね。その経緯についてお聞かせください。

2018年に開催した写真展「LEGEND MOTORS」の額装をRoonee 247 Fine Artsに依頼したので、その際に僕の作品に興味を持ってくれたそうです。その後、2019年2月に企画展の提案も兼ね、杉守さんがわざわざパリまで会いに来てくれたんです。企画展のテーマを相談する中で『ステーキ・レボリューション』という映画の話で意気投合し、お互いに根っからの食いしん坊であるという共通点が発覚しました(笑) また以前から老後は世界を食べ歩き、その軌跡を写真作品にしてみたいと考えていたので、その計画を前倒しテーマは「食」に決定しました。

当初はフレンチのコース料理を写真で表現しようと考えていたので、大好きな「コンテ・チーズ」(※1)の撮影から取り組みはじめました。コンテチーズ生産者協会から撮影に協力してくれるチーズ工房や熟成士を紹介してもらい、2019年5月に1週間ほどかけて撮影を行いました。その際、本作の撮影地であるチーズ工房“Fort des Rousse”も訪れたんです。そこにはナポレオン3世の要塞を活用した広大なチーズの熟成庫があり、その内部にはナポレオンの間や十字軍の謎にまつわる痕跡なども残っていて胸が躍りました!撮影はたったの1週間でしたが、コンテ・チーズの持つ奥深さにどんどん引き込まれていき、最終的に季節毎に訪れ1年をかけて制作。コース料理ではなくコンテ・チーズ単体で作品を作ってみようと決めました。

「ここはフランスで2番目に大きな要塞でした。恐ろしく広大なので、常時30万個ほどのチーズが保管されているそうです!」と、櫻井さん。

「コンテ・チーズの魅力は熟成庫での撮影だけでは表現しきれない。
ジュラ地方の厳しい自然環境があってこそ生まれたのだから」

――撮影を重ねる中で、「コンテ・チーズ」のどのような部分に引き込まれていったのでしょうか?

コンテ・チーズは誰か一人の手で生み出されたわけではなく、ジュラ地方の人々の間で長い時間をかけて継承されてきたという点に魅力を感じました。そして代々受け継がれてきた味を守るため、その製法は厳格に定めらています。コンテ・チーズは6カ月、12カ月、18カ月、24カ月という熟成期間で区分されて市場に出回っているのですが、各工房のトップ熟成士による味の最終チェックを行うことでチーズの個性を見極めているんです。このチーズは今が食べ頃だからすぐ出荷しよう、これはもう少し温度の低くいところで熟成させれば18カ月後にさらに美味しくなるだろうといった判断のもと熟成期間が決定します。そのため工房ごとにあっさりめ、濃いめ、コクがあるものなど、味の個性があるところが面白いと思います。

――なるほど。では、“Fort des Rousse”のコンテ・チーズにはどのような特徴があるのですか?

“Fort des Rousse”でトップ熟成士を務めるジャン=シャルルさんは、個性の強いチーズを作る傾向があります。ちなみに日本によく輸入されるコンテ・チーズはあっさりめな味わいのものが中心。食べ慣れてくると味の違いが明確に分かるようになりますよ。僕は“Fort des Rousse”の味に惚れ込んでいるのです!

熟成士のジャン=シャルルさん。彼のお爺さまの代からチーズ工房を経営しているのだそう。「熟成庫のコレクションコーナーには、お爺さまや自身の幼少期、パリにコンテ・チーズを納品している様子をとらえた写真などが飾られています。熟成士の仕事に誇りをもっていることが、ひしひしと伝わってきました」と、櫻井さん。

はじめは無愛想だったジャン=シャルルさんですが、熟成士の仕事やジュラ地方に対する彼の誇りを知り、そういった部分も撮影する中で次第に打ち解けていきました。また彼は、「コンテ・チーズの魅力は熟成庫での撮影だけでは表現しきれない。ジュラ地方の厳しい自然環境があってこそ、コンテ・チーズは生まれたのだから」と言いました。そこで本年2月にジュラ地方を再訪し、雪景色を中心とした自然風景の撮影にも取り組んだのです。

こちらは本年1月に撮影を予定していたものの、雪不足によりなかなか雪が積もらず2月まで待って撮影されたそうです。「朝方の撮影でしたが気温が高く、地面には雪が積もっているものの木には雪が乗っていないという珍しい光景が撮れました」と、櫻井さん。

――ジュラ地方の自然風景の撮影を行ったことで、作品制作において何か変化は生じましたか?

コンテ・チーズを撮影するということは、ジュラ地方が持つ歴史や自然、その土地の人々の営みを知ることに直結するのだという気付きを得ました。コンテ・チーズはジュラ地方に生息するモンベリアール牛のミルクからのみ作られますし、熟成庫の棚に使用される木材には水分量が少なく歪みにくい特性をもつ、ジュラ地方の木々が利用されています。つまり、ジュラ地方の自然の中にあるものだけでコンテ・チーズは作られているのですね。ジャン=シャルルさん曰く、「コンテ・チーズは自然が作り出したもの。私たちはそのお手伝いをしているに過ぎない」のだそうです。

「“Fort des Rousse”での撮影期間中、モンベリアール牛の酪農農家でお世話になりました。こちらの作品はお孫さんに夕日が当たった美しい光景をとらえた1枚ですが、よく見ると牛の餌である藁をかじっていてひやひやしました(笑) 彼らの生活とジュラ地方の自然とがいかに密接であるか見て取れるかと思います」と、櫻井さん。

長い時間をかけて培ってきた経験や知識、
そして技術があるからこそ「ものづくり」になる

――本作も前作同様、エリオグラビュールを活用されたそうですね。そもそも何がきっかけでエリオグラビュールというプリント技術と出会ったのですか?

僕はもともと絵描きになりたかったこともあり、1点物や作家性を追求した作品に心惹かれる傾向があります。近年、撮影機材や作品発表の場が多様化したことにより、誰もが簡単に写真を撮影することができ、SNSなどで多くの人に作品を見てもらう機会が生まれました。しかしその一方で、スマートフォンで写し出される作品は作家が見せたい色とは異なる可能性が高いですし、光の加減ひとつ取っても鑑賞者の見る環境に左右されてしまいます。そのようなジレンマを抱えていた当時の僕は、1枚もしくは限定枚数のオリジナルプリントでイメージ通りの作品を生み出す方法を模索していました。そんなとき自宅から10分ほどのところにあるフランス人間国宝のファニー・ブーシェさんが運営するアトリエに、面白いプリント技術があると聞きつけたんです。早速見学に行くと、そのアトリエにはインク特有の匂いが充満していて学校の美術室を彷彿させました。そのとき、僕が追い求めていたものはここにあるに違いないと直感したのです!

「熟成させたチーズとジュラ地方の雪の上に置かれたジャン=シャルルさんの手と、ジュラ地方の自然を切り取りました。本展のテーマが凝縮された1枚です」と、櫻井さん。ファニーさんのアドバイスにより、「ディプティック」(※2)の手法も加えたのだそう。手のシワやチーズの質感まで鮮明に写し出されていて目を引きます!

エリオグラビュールの魅力は、プリントが出来上がるのをただ待つのではなく、その後のプロセスにも参加できるところ。ファニーさんは様々な作家の作品に刷り師として関わっているので、テクニックや見せ方のストックを豊富に持っています。なので僕の作品に対しても刷り師独自の視点でアドバイスをくれたり、お互いの力で作品を高め合っていけたのです。それが彼女と仕事をする面白さでもありました。

――櫻井さんの作品制作への想いとエリオグラビュールの特性とが合致したのですね!本作のプリント作業についてお聞かせください。

本作はコロナ禍によるロックダウンの中で制作されたのですが、市からの要請につきアトリエには常時1人しか入れなかったため、ファニーさんの作業は困難を極めました。特に最初の外出禁止令が出た時は取り締まりが厳しく、作品制作にも支障をきたしました。例えば、プリント作品の色味確認。色はリモートでパソコンの画面越しに作品を見ても分かりませんし、郵便局も一時期ストップしていたので作品を郵送してもらうことも出来ませんでした。なので、近所の人に通報されないよう細心の注意を払いつつファニーさんと密会し、作品制作の摺合せを行いました。その様子はまるで第二次世界大戦下のレジスタンスさながらでした(笑)

ファニーさんとは3年ほど一緒に仕事をしているので、エリオグラビュールのプリント作業をやってごらんと言われれば、恐らく基礎的なことは僕でも出来ると思います。ですが、その工程に関して僕はプロではないので形にはなったとしても作品にはならない。彼女が長い時間をかけて培ってきた経験や知識、そして技術があるからこそ「ものづくり」になるのです。

――なるほど。しかしそれは逆もまたしかりですね。櫻井さんが写真を撮るからこそ作品になるということですよね。

そうですね。最初の頃はファニーさんに「本当にありがとう。あなたがいなければここまでの作品は仕上がらなかった」と、よく伝えていたのですが、彼女はその度に「あなたが写真を撮らなければこの作品は出来上がらなかったのよ」と言ってくれました。お互いの力があってこそ作品として成立しているのですね。本作は、撮影に協力してくれた熟成士のジャン=シャルルさん、プリントを手掛けたファニーさんがいてはじめて仕上がった作品です。

会場では原版もご覧いただけます!「光の加減により、ネガにもポジに見えるんです!様々な角度から眺めてみてくださいね」と、櫻井さん。

――今後も「食」をテーマとした作品シリーズは続いていくのでしょうか?

続きます!実は本展のために帰国したとき、とあるイメージがひらめきました。なので今は早くフランスに帰って、その制作に取り組みたくて仕方がない状態です(笑) ぜひ次回作も楽しみにしていてください!作品制作の中では、それまでの自分が知らなかったことや考えもつかなかったことと必ず出会えます。次はどんな出会いが待ち受けているのか今から楽しみです!

■刷り師・ファニー・ブーシェさんによる、エリオグラビュールのプリント制作動画も必見です!詳細はこちら

※1「コンテ・チーズ」:フランスで最も人気の高いチーズ。スイスとの国境にほど近いジュラ地方で代々受け継がれてきた製法に則り生産されている。

※2「ディプティック」:二連の絵画であり、その対の画の中で対比、反転、鏡像、物語や時間の推移などを表現する技法。

会場では本展のカタログもお買い求めいただけます。展示作品が全て掲載されており、「エリオグラビュール」の解説も読み応えがあります!通販でも購入可能です。詳細はこちらをご覧ください!

櫻井さんご自身のセルフポートレート

【櫻井 朋成 企画展「Comte ‒ コンテ」】
会場:Roonee 247 Fine Arts
会期:2020年12月15日(火) 〜 2020年12月27日(日) 月曜休廊
12:00~19:00(最終日は16時まで)
http://www.roonee.jp/exhibition/room1/20201123093812

櫻井さん WEBサイト
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櫻井 朋成 写真展「LEGEND MOTORS」/「エリオグラビュール “LEGEND MOTORS”」写真展レポートはこちら