~記憶や思いが再生され、今へと繋がっていく~
20年以上に渡りアイヌ民族を取材し、写真を撮り続けてきた写真家として広く知られている宇井さんの新作写真展。こちらを撮られたきっかけなどお話を伺ってきました。
ーこの作品を撮られるようになったきっかけなど教えてください。
ここには両親と祖母が暮らしていました。私にとっては実家といっても生まれ育った家ではなく、ほとんど思い出のなかった家。両親が亡くなったあとこちらに引っ越し、しばらく住んでいましたが、雨漏りがひどく住み続けることができなくなり、壊すことを決めました。
そのままの状態でずっと住み続けられたら本当は良かったのですが、両親が選んで暮らしたこの家の最後をみとらないといけない。最期まで見届けたい、解体を撮ろう、と思いました。家から荷物を取り出すと、荷物があった時よりも、尚一層住んでいた3人の気配や息遣いを感じました。
昭和60年の建売住宅で、こだわりがあった家でもなく、ありふれたどこにでもある普通の家です。それもあってなのか、見られた方も自分に引き寄せ共感してくださる方が多いです。(見る人にとって)かかわりのない家のはずですが、自分もこうやって撮っておけばよかった、こんな立場になったらぜひ撮りたいと話される写真家さんも多いですね。
ー解体の写真の中に遺品の写真を差し込むように展示されていますね。
これは解体を撮ると決めたときから考えていました。作品の間 間 にいれることで、暮らした人の気配を感じてもらいたいということと、人は写っていませんが、新しい家族写真の形になればと思いました。ここに存在していた、そこに生きていたということ、それを写し撮りたかったという気持ちです。
撮る中で何度も昔に戻っていったりして、どんどん熟成されていき、自分で自分を発見するようにも感じましたし、だからこそ写真はおもしろいと思いました。
「遺品をまとめていく中で、聞いてはいたけれど、父が原稿を本当に書いていたんだなと。家族でも知らないことは多いと思いました」
写真展の最初の作品、そこには栗畑が見えるベランダでお母さまが宇井さんの娘さんを抱いたスナップ写真が。最初にこの極めて私という『個』を見せてしまうのはどうだろうと何度も迷いました、とお聞きしました。
家そのものの終わりと記憶を見ていて、不思議とそこに暮らした人たちの暮らしと、今もそこにいるようなあたたかい気配を感じました。先日母の死に直面した身としては、その淡々とした様子と最後の窓から見える栗畑は、優しさが紡がれたような安らぎをいただけた心地です。過去にもどることはできないけれど、その時の思いが写しだされている作品の数々。宇井さんの個人的な内面や気持ちにも触れられる写真展、ぜひご覧ください!
【宇井 眞紀子 写真展「息の緒」】
2021年6月17日(木)~ 6月28日(月)
10:00 〜 18:00(最終日15時まで)
会場:オリンパスギャラリー東京
https://fotopus.com/showroom/index/detail/c/3243
宇井さんのWebサイト
https://www.makikoui.com
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