【パリブログ】Vol.3「アルル国際写真フェスティバル」

パリブログ / 2019年9月24日

9月24日(火)

渡仏して一ヶ月経って、ようやく生活のリズムが整ってきた。

8月末にアパートを見つけて転居した。14区にあるアトリエを住居にしたような、オンボロ部屋だ。アパートの中庭にあり、ちょっとした村みたいな雰囲気で感じはとてもいいのだが、通気性が悪くてカビ臭かったり、天井が薄く二階の住人の生活音が筒抜けだったり、ブラインドが劣化してパキパキ折れたり、とにかく管理状態が悪い。こないだなんて高いところにあるものをとるために折りたたみ式の椅子の上に立ったら、椅子が座面からバラバラと崩壊した。よく見ると、座面とフレームを固定する金具が足りないのかぐらぐらだった。危ない危ない。

問題はたくさんあるが、それでも前回滞在時の10㎡くらいの部屋よりは自由に使える空間は広いし、トイレもバスタブも部屋に付いているし、なにより洗濯機がある。前回は2週間に一度、土曜日の朝にコインランドリーで洗濯していた。炊飯器や自分用のグラス、使いやすい包丁やまな板を買い足して自炊を始めた。ようやく生活のリズムができてきた。

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9月9〜10日に、アルル国際写真フェスティバル(7月1日〜9月22日)(https://www.rencontres-arles.com/en)に行ってきた。今年で50周年を迎える、ヨーロッパでも最大級の写真祭だ。いまや日本を代表する写真フェスティバルのKYOTOGRAPHIEもアルルを参考に立ち上げたそうだ。日本で見てきた写真とどれほど違いがあるのか、どんな作品が集まっているのか。Gare de LyonからTGVで南仏に向かった。

列車の中でパンとチーズの簡単な朝食をとってから少し眠った。数時間後に目覚めると、車窓から見える景色が変わっていた。太陽が強く大地は黄色っぽく見え、空の青が濃い。ゴッホが描いた絵の色を思いだす。アヴィニヨンで列車を乗り換えて10分ほどで小さなアルルの駅に着いた。ここで降りる人は意外と少なかった。

駅を出るとすぐに看板やポスターが目に入る。駅に隣接する「GROUND CONTROL」でチケット購入やマップ配布、グッズの販売などが行われている。私は事前情報をほとんど入れずに来てしまったので、ここでマップを入手し2日間の計画を練った。

KYOTOGRAPHIEと同じく、教会や倉庫、書店、空き家、スーパーなど、30カ所ほどが展示会場と写真祭のインフォメーション窓口になっている。展示のテーマが「MON CORPS EST UNE ARME(私の体は武器だ)」、「À LA LISIÈRE(境界で)」「HABITER(住む)」、「RELECTURE(再読)」など11個ほどあり、多様なテーマの作品が集まっている。京都よりもコンパクトな街なので徒歩で十分に回れる。7月1日から始まっているが会期も終盤。バカンスもほぼ終わりの時期なので人も少ない。

2日間で印象に残った展示をご紹介する。

PRIX DÉCOUVERTE LOUIS ROEDERER
LOUIS ROEDERER財団が主催する新人コンテスト。200以上の応募があり、
世界各国のギャラリーに所属する10のアーティストのプロジェクトが選出されていた。
プロジェクトのテーマがそれぞれ際立っていた。

GALERIA DA GÁVEA, RIO DE JANEIRO, BRÉSIL
SHINJI NAGABE
LA RÉPUBLIQUE DES BANANES

GALERIE TRACEY MORGAN, ASHEVILLE, ÉTATS-UNIS
STACY KRANITZ
TEL QU'ON ME L'A RACONTÉ

GALERIE LA CASTIGLIONE, MONTRÉAL, CANADA
JJ LEVINE
FAMILLE

GALERIE TAKA ISHII, TOKYO, JAPON
HANAKO MURAKAMI
CONCEPTION

MARIO DEL CURTO HUMANITÉ VÉGÉTALE, LE JARDIN DÉPLOYÉ
公園で行われていた野外展示。
スイス人の写真家が世界各国で人間と自然との共生について撮影した作品だ。
開放的な公園の雰囲気と作品が非常にマッチしている。

HOME SWEET HOME
1970 - 2018 : LA MAISON BRITANNIQUE, UNE HISTOIRE POLITIQUE
約30人の写真家の作品を集めて、イギリスの家への愛着を表現した展示。
展示会場は、今は使われていない家のようだったが、生活感のある作品でデコレーションされ、
まるで今も誰かが住んでいるように、家が生き返ったような感覚を覚えた。

LA ZONE AUX PORTES DE PARIS
1844年あたりにパリ郊外に建設された要塞の周辺に、バラック小屋で作られた集落ができそこで人々が生活をしていました。Eugène Atget や Germaine Krullなど、数名の写真家を除いてこのエリアに興味を持つ人はほとんどいませんでした。当時“Zone”と呼ばれたこの地域を知る貴重な写真の展示です。なお、写真はほとんど無名の作家のもの。

PHOTO | BRUT COLLECTION BRUNO DECHARME & COMPAGNIE

“生の写真”とタイトルされ、展示は、“個人的なこと”, “世界の再フォーマット”, “パフォーマンス、もしくは知らない私”, “現実に立ち向かう”の4つ。まだ世の中にはあまり知られていないが、魅力的な芸術の対象であるこの分野を公にするのが目的だそう。確かに、無名の作家の作品や既成の写真を使った作品など変わった作品が多かった。

宗教画が毛糸で縫われ、装飾されている

作者不明作家のセルフポートレート

あらゆる壁面が写真で装飾された家

レシートや切り抜き、文章で作られた雑誌

写真家がNational d’Études Spatiales (CNES)と言う地球上のあらゆる気象現象を研究する施設に滞在していた時に撮られた作品。研究室内で再現された現象をカメラで捉えています。青い壁面に金文字のキャプションもよかった。

VALÉRIE BELIN PAINTED LADIES
顔にペイントを施すことでモデルの内面の魅力を引き出している大きな作品。
撮影はデジタルだが、撮影前に自ら手を動かして完成する極めてアナログな作品でもある。
デジタルとアナログ、具体と抽象、リアルとフィクション。
デジタル時代に様々な疑問を投じる作品。

SUR TERRE IMAGE, TECHNOLOGIES & MONDE NATUREL

人間との自然との関係が大きなテーマとなってる風景写真の展示。レンズは自然や風景に向けられているが、環境問題や、国境に位置する森、観光地化するキラウェア火山など、常に批判的なテーマが作品に込められている。

HELEN LEVITT OBSERVATRICE DES RUES NEW-YORKAISES

LA MOVIDA CHRONIQUE D'UNE AGITATION, 1978 — 1988

スペインの作家を集めたキュレーション。写真はすべてキービジュアルにもなっている、OUKA LEELEの作品。彼女はモノクロで撮影した写真を印刷してから、水彩絵の具で塗ることで作品としていた。キービジュアルになっているのは、「COIFFEUR(美容院)」シリーズで、頭に食べ物やモノを置いたキッチュなイメージ。スライドで投影されていた。

「まずイメージを作り、それから写真を撮る。カメラは私が作ったものを記録してくれて、色を塗るためのベースを作ってくれる。私の作品は演出と想像と絵画と写真が混ざりあったもの」

「カラー写真には満足できない。それは写真であって、真実ではないから。私が経験したことが、写真の色によって失われる気がする」(ステートメントより)

作られたイメージの斬新さと、塗られた色の鮮やかさが強く残る作品だった。

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2日間で7割ほど回れたが、ほぼ全ての展示において社会への提言や批評など、メッセージが込められていた。

また、表現の自由さには目を見張るものがあった。写真家の作品だけではなく、キュレーション、展示方法についてもだ。少なくない数の写真家が映像や音楽を流していたり、3Dで見せる工夫をするなど“写真”という枠に捉われず、何かを伝えようと工夫していた。

キュレーションでは、PHOTO BRUTのようにコレクターが所持していた無名の写真家の作品、レシートや様々なチケット、雑誌の切り抜きなどを貼って作った自作雑誌など、「これもアート?」と思うような作品がいくつも展示されていた。

また、HOME SWEET HOMEのように大勢の作家の作品を集めて一つの空間を作る試みも面白い。アートという概念が日本のそれよりもきっと幅広く寛容なのだろう。

日本国内でも“写真”というメディアに捉われず表現しているアーティストはたくさんいると思うが、こんなにも多様な視覚芸術が扱われているのを見ると、アートシーンにおける写真という概念では、ヨーロッパは大きくリードしているように感じた。