三宅章介「切妻屋根の痕跡のための類型学」インタビュー

2021年3月2日

 京都写真美術館ギャラリー・ジャパネスクにて、「三宅章介/切妻屋根の痕跡のための類型学ー Typology for Traces of Gable Roofs ー」を2021年2月23日(火・祝)から3月7日(日)まで開催しています。作者の三宅章介さんに制作意図などについてインタビューしました。

作者の三宅章介さん

—なぜ切妻屋根の「痕跡」をテーマとして、撮影しようと思ったのですか。

 30年ほど前のバブルの頃にも、京都の町のあちこちで解体された町家の痕跡がみられ、撮影対象として面白いなと思っていました。撮り始めたものの、当時は今ほど時間がとれず、そのまま立ち消えになっていました。4年程前、勤務していた大学の隣の空き地で切妻屋根の痕跡を見つけたことがきっかけで、再チャレンジすることにしました。(下の写真)
 学生時代にドイツの写真家ベルント&ヒラ・ベッヒャー夫妻の写真集「TYPOLOGIEN(類型学)」を知り、惹かれていましたので、今回、「切妻屋根の痕跡のための類型学」と名づけました。
 私は40年ちかく京都に住んでいますが、もともとは神戸出身で、5年前に父が他界したのを機に実家を処分しました。昭和30年代に神戸市が摩耶山の麓を切り開いて建てたものです。今は更地になり、新しい住宅が建てられ、かつての面影はまったく見当たりません。綺麗さっぱりなくなったことに、ある種の爽快感を抱く反面、これが京都だったらなと思わないでもありません。「切妻屋根の痕跡のための類型学」は京都ならではのテーマだと思っています。
 昨年秋に赤々舎さんから写真集を出版していただきました。今回、一堂にならべてみて、あらためて「類型学」としての特徴がより鮮明になったように思います。

三宅さんがこのシリーズを作ろうと思われたきっかけの写真

—先程出た「類型学」とはどのような学問なのですか。

 個々の現象や形態の類似点を抽出して、それらの本質を理解しようとする学問の方法で、生物学・文化人類学・民俗学・芸術学などの分野で用いられています。ベッヒャー夫妻は採掘塔や給水塔など、近代の産業遺産を可能な限り、同一条件(同じ構図や光の状態)で丹念に撮影し、グリッド状にならべています。
写真は類型学のツールとして欠かせないわけですが、夫妻は類型学的アプローチをとおして、写真そのものの意味を問い直そうとしたのだと思います。写真表現というよりも、コンセプチュアル・アートの文脈で高く評価されています。

ベルント&ヒラ・ベッヒャー夫妻の写真集「TYPOLOGIEN(類型学)」

—撮影に際して、どういったことを心がけていましたか。

 こうした屋根の痕跡は人の目線よりも高い位置にありますので、どうしても見上げた写真になってしまいます。すると鑑賞者に撮影者の立ち位置や目線を感じさせてしまいます。私は写真に自己を投影させるのではなく、写真に語らせたいので、できるだけ正面からデジタルカメラで撮影し、デジタル処理により垂直線の傾きを補正しています。このような補正は以前であれば、大型カメラのアオリ機能を使わないと不可能でした。比較的短期間にこれだけ撮れたのはデジタルのおかげだと思っています。対象との距離がとれず、全体を入れることができなくて、諦めたケースも結構あります。また、ベッヒャー夫妻にならい陰影が強く出ない曇りの日を狙って撮影しています。こうした空き地はコインパーキングになっている事が多く、車が入る前の早朝にでかけています。そうすると雲間から朝日がさしてきて、妙にドラマチックになったりするので、「晴れ待ち」ではなく、「曇り待ち」しています。

切妻屋根の痕跡が、かつてあった建物を想起させる

—展示についてどのような工夫をされましたか。

 それぞれ単体で見せると、どうしても鑑賞者によって注目点が異なります。それはそれでいいのですが、今回のように2点並べると、切妻屋根の痕跡であるという共通点と同時に細部の差異が際立つのではと考えました。写真集では見開きで左右に並べたのですが、展示では上下に並べてみました。

茶褐色の壁に痕跡が白で現れているという共通点がみられる

—京都の街の変容を見てどのようなことを感じますか。

 私は長年、京都に在住しているとはいえ、しょせん神戸生まれのよそ者です。そのせいか、伝統的な京都の町並みの風情が失われ、無粋な姿を晒していることに、正直言ってあまり抵抗感がありません。むしろ、インバウンド需要を狙って、厚化粧をほどこし、テーマパーク(見世物)化することにこそ、違和感を感じています。
 ある来場者の方が「見てはいけないものを見てしまった気がする」と感想をもらされました。なるほど、これは化粧をおとした素顔の京都だなと思いました。人も町も、生きておればこそ、時に醜態を晒したりします。時の流れの中で人の営みの痕跡が重なり、その層のところどころが綻びて、まるでパッチワークの様相を呈している。私はそんな京都に惹かれて写真を撮っています。

会場全体の様子

―写真集を作られた経緯はどのようなものでしょうか。

 2017年から撮り始め、ある程度まとまったら写真集にしたいと思っていました。ちょうどインバウンド景気まっさかりだった平成最後の年(2019)に皮肉をこめて「平成京都百景」、さらに翌年「令和元年京都百景」を私家版として上梓しました。知人たちの間で好評でしたので、もっと多くの人に見てもらいたいと思い、赤々舎さんに企画を持ち込みました。幸いなことに、赤々舎・代表の姫野さんに評価していただき、昨年秋に「切妻屋根の痕跡のための類型学」として出版しました。先にも述べましたように、類型学ということで共通点のあるものを見開きに並べました。写真展ではスペースの制約もあり上下に並べています。左右と上下、並べ方によって若干見え方や感じ方も異なるような気がします。
 お気に入りの写真でも対になるものがなくて、展示を見合わせたものもあります。写真集の表紙はその一つです。壁のひび割れが甲骨文字の呪文に見えます。電柱に取り付けられた監視カメラも何かを暗示しているようです。このブロック塀から飛び降りて左足首を骨折したこともあり、忘れられない1枚です。

インタビューの様子

【三宅章介 切妻屋根の痕跡のための類型学】
会期:2021/02/23(火・祝)〜03/07(日) 11:00〜18:00
会場:京都写真美術館 ギャラリー・ジャパネスク 2F
三宅章介ホームページ
三宅章介FBページ
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